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 船積みされた荷物を陸上輸送するドレージ運転手のヒデさんも、かつては長距離運転手でした。まだ駆け出しだったヒデさんが遭遇したのは、雪の降り始めたサービスエリアでのこと。

 知らない人を同乗させてはいけない会社の縛りはあるものの、人間だもの、困っている人を見放すようなことはできません。

 今回は、人情を運ぶトラックの物語です。

文/ドレージドライバー・ヒデさん、写真/ビデさん&フルロード編集部
(2021年12月発売トラックマガジン「フルロード」第43号より)


雪の降り出した上信越道で……

 運転手を20年近くやっていますと、良くも悪くもいろいろな思い出があります。そんな中でも今でも鮮明に覚えている、とある日の運行の思い出をお話したいと思います。

 あの出来事は運転手になって3年目くらいのことだったと思います。当時は大型トラックで長距離運転手でした。季節は冬、今でも忘れないその日は、栃木県で家電を積み込み関西へ向かう配車で、天気予報では夜遅くなるにつれ降雪、関東平野部でも雪が積もるとの予報でした。

トラックは人情も運ぶ! 雪降るサービスエリアの片隅で紡ぐハートウォーミングな物語

 荷物のできが悪く、ようやく出発できるという時には辺りは既に真っ暗、そして予報通り雪が降り始めておりました。

 暗くなった夜道を急ぎ足で西に走らせ、群馬県に入り高速に乗った時には大粒のぼた雪で、路肩は薄っすらと雪に覆われ白くなってきている状態。「こりゃすぐ積もるなぁ」なんて思いながらトラックを走らせると、案内表示板には早くもこの先チェーン規制の文字。

 北関東道から上信越道に入り暫くすると前方でハザードが点滅しています。道路公団(当時)によるSAでのタイヤチェック渋滞が起きておりました。幸い当時の私のクルマは総輪スタッドレス装備、4軸低床デフロック付きなので雪道でも臆することなく進める状態です。

 タイヤチェックも問題なく終わり、気を取り直していざ出発! ……というところで、肩に雪を積もらせたスーツ姿の男性に声をかけられたのです。

声を掛けてきたのはタクシーの運転手さん

 かなり焦っている様子だったので窓を開け「どうかしましたか?」と尋ねると、その方はタクシー運転手さんでお客さんを乗せてきたのだか、ノーマルタイヤだったためにチェックをクリアできず足止めされてしまったとのこと。

 さらに、「自分が乗せてきたお客さんをこの先の長野県長野市まで連れて行ってもらえないだろうか?」と言います(そういえば、クリアできなかったクルマはどうなるんでしょうか?)。

 話を聞くと、そのお客さんは、親御さんが危篤状態であるとの一報を受け、都内の練馬区からタクシーでここ横川SAまで来たのだと。そんな理由を聞かされてはさすがにNoとは言えません。変な使命感を駆り立てられ、タクシーのお客さんを引き受けることを承諾しました。

危篤の肉親のもとへ

 お客さんは男性で確か30歳前後だったと思います。慌てて家を飛び出して来たという通り、ラフな服装にコートを羽織っているのがとても印象的だったのをよく覚えています。

 当時勤めていた運送会社は規則に関してさほど煩くなく、以前にも何度かヒッチハイカーを乗せたことがあります。こういった類のことに関して、個人的にもあまり抵抗を感じませんでした。ヒッチハイカーは夢や希望に満ち溢れている人達が多く、移動の車中いろんな話を聞けて自分にとってもプラスになり、楽しく移動することができました。

 しかし今回は状況が状況……。男性は神妙な面持ちで俯いたまま。私は「大変でしたね。なんとか間に合うようにできる限り急ぎますんで!」と一言だけ声を掛けることしかできず、ほぼ終始無言で走ったと思います。

トラックは人情も運ぶ! 雪降るサービスエリアの片隅で紡ぐハートウォーミングな物語

 私も若くて世間知らずの小僧だったので、気の利いた言葉をかけてあげることができず、申し訳なかったなぁと思います。もし自分が同じ立場で親の危篤一報を聞いた時に、果たしてすぐに向かうことができるのだろうか? なんて考えていたような記憶があります。

 男性を乗せて雪道を走らせること約90分、身内が迎えに来てくれるという長野ICに向かいました。本来関西へ向かうには一つ手前の更埴JCTから長野道に切り替えなければならないのですが、男性の実家への最寄りのインターである長野ICへと独断でルートを変えました。

身内が迎えに来た長野ICに到着

 到着すると既に身内の迎えのクルマが待機しており、男性が下り際に「タクシー代で手持ちが少なくこれしか無いのですが……」と言いながら3000円を手渡してきたのです。もちろん受け取れないと拒否したのですが、押し問答している時間ももったいないので、誠意分として受けとりました。

トラックは人情も運ぶ! 雪降るサービスエリアの片隅で紡ぐハートウォーミングな物語

 男性は足早に身内のクルマに向かって去って行き、私はUターンで大阪に向かって行きました(この時、公団側の人に事情を話したら、わざわざ上下線を塞ぐパイロンを退かしてくれたのです!)

会社に届いた1通のメール

 こんなことがあって一週間後だったかな、長距離運行明けで会社に帰庫したら上司から呼びだされました。メールが社内に届いていたらしく、その内容は最後の最後で親御さんに会うことができ、到着を待ち侘びていたのかと思うように息を引き取られたとのことでした。

 特に連絡先を教えてないにも関わらず社名と車番で調べてくださったようで、長文の感謝の言葉を書き連ねて下さっておりました。私自身、あと先考えずその場の判断でできることをしたまでです。もちろん上司から多少の叱責はありましたが、やむを得ない事情とのことでお咎めなしでした。

 予期せぬ事案で戸惑いましたが、少しは人の役に立てたような感じもします。ちょっと切ない思い出でした。

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