さあ、日野自動車の不正問題の核心に迫ろう! 注目しなければならないのがHC-SCRという排ガスの後処理装置だ。
尿素を使わないので、定期的に尿素水を補給する手間も費用も要らず、装置も軽量コンパクトでリーズナブル。まるで良いことづくめの日野独自の開発技術は、数々の技術賞に輝き、エンジニアの誇りとなった。
しかし、どうしても平成28年排ガス規制のレベルを達成することができない! ここからすべての歯車が狂い出したのだ。
以下、日野の不正問題を時系列で追うと見えてくるものの実態に迫りたい。
文/フルロード編集部 写真/フルロード編集部・多賀まりお・日野自動車
発端は北米の排ガスの認証試験
今回の不正発覚の経緯だが、これは2020年12月23日に発表された日野の北米2工場の生産停止に端を発している。
北米向けのA09C、J08E、J05E型の3つの新しいモデルイヤーのエンジンに関して、米国法定エンジン認証試験の排出ガスの認証が取れず、北2工場が2021年9月まで生産停止に追い込まれていたのだ。
ちなみに日野は自社のエンジンを供給することを断念。現在では米国カミンズ社からエンジンの供給を受け、工場の生産を再開している。
日野は、北米での認証試験の問題と今回の不正問題とは直接的な関係はないとしているが、これをきっかけに日本でもエンジンの認証に関わる手続きの総点検を実施。2021年4月より劣化耐久試験を中心にすべてのエンジンの再確認を開始したという。
劣化耐久試験は、中型エンジンで7カ月間、大型エンジンで9カ月間かかるが、その結果、今年2月の時点で不正を確認したという。
不正の手口とチェック機能は?
では、不正はどのように行なわれたのか?
まず排出ガス規制に関わる中型車用A05C型エンジンの不正では、規定では45万km走行しても平成28年排出ガス規制の数値をクリアしなければならないことになっているが、劣化耐久試験の途中で、データが悪化していることが判明。
このままだと規制値に入らないと認識し、排ガスの後処理装置であるHC-SCRを新品に交換したのだという。
また、燃費に関わる大型車用A09C型およびE13C型エンジンの不正では、排出ガスの確認をしている中で燃費も確認したが、新しい重量車燃費基準の目標に届かないことが判明。
優遇税制を受けられないことになるので、測定装置の燃料流量計のキャリブレーションを実際の燃費より向上するよう意図的に設定したという。
では、なぜチェック機能が働かなかったのか?
当時は、エンジンの開発をする部門と認証のデータを取る部門の計約370名が1つの部署の中で一緒に仕事をしており、チェック機能が働きにくかった側面があるのではないと推測される。いわゆる「なあなあ」の関係だ。
ちなみに平成28年排出ガス規制に適合した日野プロフィア、日野レンジャーの発売は2017年5月である。2016年~2017年にかけてスバルや三菱自動車の燃費不正が発覚し、大きな社会問題になっていたのに、その鈍感さには驚くばかりだ。
なお、日野によると、現在では認証に携わる部署は、エンジン開発などとは切り離された完全に独立した部署に組織変更をしているという。
不正問題の背景にある「HC-SCR」という革新技術
さて、ここまで事実関係を元にお伝えしてきたが、ここからは私見を交えて今回の不正問題の背景に迫ってみよう思う。
今回の不正問題は「排ガス不正」と「燃費不正」の2つになるが、時系列で見ていけばHC-SCRを採用したエンジンの排ガスレベルの未達が今回の不正問題のそもそもの発端である。
技術的なことなので「不正問題」の報道では完全にスルーされてしまっているが、この「HC-SCR」にはもっと着目すべきではないかと思っている。
いささか推理が過ぎるかもしれないが、今回の「不正問題」の遠因として浮かび上がるのが日野のHC-SCRへのこだわりで、あまりにもHC-SCRに執着しすぎたため、エンジニアたちは引っ込みがつかなくなり、最後は不正に手を染めてしまったのではないかと思えるのだ。
あらためて解説すると、HC-SCRとは、低馬力仕様の日野レンジャーや日野デュトロ(N04C型エンジン)に採用されている尿素を使用しないNOx還元触媒のことだ。
ご存知のようにディーゼル車の排出ガス低減システムとしては「尿素SCRシステム」が世界の主流になっているが、HC-SCRは尿素を使わず燃料(軽油)を還元剤としてNOxを低減するというもの。
尿素SCRシステムは、尿素水からアンモニアを発生させ、アンモニアがNOxと化学反応することで無害な窒素と水に還元させるが、HC-SCRは、軽油から分解生成したHC(ハイドロカーボン)や排ガス中の未燃焼HCを還元剤としてNOxを無害化する。
こうしたNOx還元触媒と、PMをフィルターで集積させ燃焼を行なうDPF(日野はDPRと呼ぶ)を組み合わせた排ガス後処理装置が近年のディーゼル車には搭載され、クリーンな排気ガスを排出するものとなっている。
HC-SCRは、2014年には「第11回新機械振興賞 経済産業大臣賞」「2013年度日本機械学会賞(技術)」「第64回自動車技術会 技術開発賞」「平成25年石油学会 学会賞(工業的)」を立て続けに受賞。技術的に高い評価を受けていたことがわかる。
日野は、2010年4月に発表された日野レンジャーにポスト新長期排ガス規制(平成22年規制)適合への対応技術の切り札としてこのHC-SCRを初採用(新DPRと呼称)。さらにポスト・ポスト新長期排ガス規制(平成28年規制)に際しても、新DPRを改善したDPR-Ⅱとして継続採用している。
尿素を使用しないHC-SCRには、さまざまなメリットがある。まず、アドブルーと呼ばれる尿素水を定期的に供給しなくてもいいので、アドブルー代も省けるし、その手間も不要。インフラが未整備な発展途上国の車両にも採用できる。
また、尿素SCRシステムより安価で軽量・コンパクトに搭載できることも大きなメリットだ。
ただし、ポスト新長期排ガス規制の時点でも、尿素SCRに比べて、NOxの削減率は30~40%と低く、触媒の耐久性にも課題があり、燃料経済性も若干劣るとされてきた。
尿素SCRの優位とHC-SCRの真実
ここで、中型トラックを運転し九州一円で集配業務に携わっているベテランドライバーの理絵さんの話をご紹介する。
「去年の4月から新型日野レンジャーの4tに乗っているのですが、これがまた馬力がないというのかなんというのか……。低馬力仕様はアドブルーを入れなくて良いので手間はかからないのですが、何せ荷物を積むと走らない(泣)。峠はもちろん、皆様に多大なるご迷惑をお掛けして走行しております。
その前に乗っていたいすゞのフォワードは、たしか現在乗っているレンジャーと数字上の馬力は同じだったと記憶しているのですが、メーカーが違うとこうまで走りも違うのかと試行錯誤しながら乗りこなそうと頑張っています(笑)。
馬力が同じでも燃費は随分と違って、フォワードの時はトラックの燃費計でデジタコを気にして走っていれば、1リッター当り7km後半から8km前半くらいは普通に出ていました。
レンジャーはというと、5~6km半ばという、アドブルーのぶんを差し引いても屈辱的な数字を表示してきます。私は事務方もしているので、月間の燃費などの集計もしているのですが、やはり大体の数字は合っているようです」。
理絵さんの話は、もはや市場ではHC-SCRが競争力のない技術になっていることを物語っていないか。ちなみに日野は、2017年5月に発売したポスト・ポスト新長期規制対応の日野レンジャーに際して、A05C型エンジンに尿素レスのHC-SCRとともに尿素SCRも用意している。
普通、こんなことは考えられないことで、日野自身もHC-SCRが時代遅れになってきていることを認識していたのではないか。
正直に言えば、2017年のフルモデルチェンジの時点でHC-SCRは継続採用されるべきではなかったのではないかと思う。定期的にアドブルーを供給しなくてはならないとしても、尿素SCRの優位は今日では決定的だからだ。
エンジニアの誇りと驕り
では、どうしてこんなことになってしまったのだろう?
私見なので、こんな見方が正しいのかどうかわからないが、日野自動車はエンジニア主導のメーカーという印象がある。それに対して、たとえばいすゞ自動車はマーケティング主導の会社という印象だ。
日野のエンジニアは、非常に頭がよく真面目な人が多い。自分たちが確立した技術に誇りを持っているはずで、それは素晴らしいことである。
HC-SCRは立派な賞までもらっている優れた技術であり、尿素SCRには真似できないメリットもある……。しかし、その誇りがいつしか驕りになり、できないことまでできると過信して、切羽詰まってしまい、耐久劣化試験中の触媒コンバーターごと交換してしまった、そんな絵が見えてくるのである。
エンジニア主導のメーカーだから、なかなか他部署の人間が口をはさめない空気があり、エンジニアもプライドがあるから「無理」とは言えない。
「継続は力なり」という言葉があるが、技術を大切に育てていくことは大事だが、自分たちの技術を過信することで物事を見誤ることもある。余談だが、日野のもう一つの革新技術であるハイブリッドも、もう一度見直すべき時にきているのかもしれない。
ユーザーとしっかり向き合うことの意味
以前、日野のエンジニアと話した際、新型車の開発にあたってユーザーやドライバーと話をする機会はどれくらいあるかを尋ねたところ、「一度もありません。市場のニーズの状況は調査会社からデータが入りますし、販売会社を通じてユーザーの要望もわかりますから……」との返事で、非常に驚いたことがある。
そのほうが効率的という判断なのだろうが、クルマづくりは本当にそんなことでいいのだろうか。
今回の不正問題により、日野車の出荷停止は国内販売の約35%、年間約2万2000台におよぶ。
台数を稼ぐ小型トラックが含まれていないので約35%という数値にとどまっているが、出荷停止は主力の普通トラックが大半であり、その期間が相当長引きそうなことを考えれば、そのダメージは計り知れないものがある。
また、すでに出荷済みの対象となる使用過程車は11万5526台で、このうち排ガス不正のHC-SCR採用の日野レンジャー4万3044台はリコールの対象となる。
日野の経営陣は記者会見の席上、「お客様にご迷惑をお掛けしたことをしっかりお詫びし、今後の対応をご相談させていただくつもりです。
お客様に直接向き合っていくのは販売会社の人間なので、今後のことも1つ1つしっかりとお答えできるよう我々もバックアップしていきたい」と語っている。
しかし、これは筋が違うのではないか。不正を犯したのはメーカーの開発部門の人間なのだから、詫びるのは不始末をしでかした人間であるべきだろう。彼らが直接ユーザーのもとに出向き、しっかりお詫びするのが筋というものだ。
怒鳴られることもあるだろうし返事に窮することもあるだろう。しかし、開発部門の人間が直接詫びなければ、本当に謝罪したことにはならない。
トラック・バスのユーザーの経営環境は押し並べて苦しい。車両を購入するのも大変だし燃料の高騰も深刻だし、故障やリコールによる車両のダウンタイムも減らしたい。そんなユーザーの声にしっかり耳を傾けてほしい。
ただ単にお詫びするだけではなく、とことん話をして、自分たちのつくっているトラックやバスがどんな人にどんなふうに使われているか、しっかり把握してほしい。そして最後はユーザーと仲良くなって会社に戻ればいいのだ。
どうせ日野の開発部門は今回の問題で、しばらくは暗く沈んだ空気が漂っていることだろう。ユーザーのもとにお詫びに出向くことで、少しは気分も晴れるだろうし、ユーザーと直接話すことによって次の開発のヒントをもらえることだってある。
火の消えたような開発部門に灯をともすのは、小さくてもいい、次の目標とやりがいである。
日野自動車への提言 もっと人間味のある開かれた企業に
日野を除く大型車メーカーは、これまで3社とも非常に厳しい時代を生き抜いてきた。社内の同僚が一人去り二人去り、いつかは自分の番と悩んでいた人を何人も知っている。
幸いにして日野自動車はこれまでそんな経験もなく、他社からは「親方トヨタでいいよな~」と羨ましがられてきたが、おかしなことにそんな日野が大型四社の中で社風が一番閉鎖的に感じる。
以前、日野のエンジニアと話した際、新型車の開発にあたってユーザーやドライバーと話をする機会はどれくらいあるかを尋ねたところ、「一度もありません。市場の状況は調査会社からデータが入りますし、販売会社を通じてユーザーの要望もわかりますから……」との返事で、非常に驚いたことがある。
そのほうが効率的という判断なのだろうが、クルマづくりは本当にそんなことでいいのだろうか。
日野が閉鎖的と感じるのは、逆に言えば人間味が薄いということである。なんでも効率一辺倒で、そんな組織づくりに血道をあげている印象がある。
今回の不正問題に対しても、外部有識者による特別調査委員会を設置し、原因の追求と組織の在り方や開発プロセスにまで踏み込んだ再発防止策を立てたいとしているが、不正を抑え込む組織づくりだけでいいのだろうか? もっと働いている社員の一人一人の心のうちに響くような対応が必要ではないか。
たとえば、自分たちが誰のためにどんな目的でクルマづくりをしているか、それが見えなければ目標もやりがいもなくルーティンワークで仕事をこなすだけになってしまう。
ノルマや上司や同僚の顔だけで見ているような開発の現場が今回の不正を生んだとは言えないか。
日野はもっと開かれたメーカーになるべきである。その第一弾が開発陣のお詫び行脚でいいのではないか。ユーザーと直に対面し、生の声を聞くことによって、お詫びをする以上に得るものは多いはず。
第一、困り切ったユーザーの顔が思い浮かべば、不正などしようとは思わないのが人情というもの。再発防止は人間味を取り戻すことだ。
今回の不正問題は、日野ひとりにとどまらず、販売会社やサプライヤー、架装メーカー、OEM先などなど、トラック・バス業界に多大な影響を及ぼす大変な事態である。
今や地に墜ちた感のあるかつてのリーディングカンパニーだが、復活の道は長く険しいとしても、必ずや新生・日野としてよみがえるはず。その日を楽しみに待ちたい。
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