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騙(だま)し合い 六 房栄(ふさひで)は大内家と言い直した。陶(すえ)の郎党で反乱には賛同であったが、義隆弑逆(よしたかしいぎゃく)には強く反対、という隆兼(たかかね)と同じ立場であった老軍師は、「長きにわたり争ってきた宿敵同士の両家が手をむすべば山陰山陽の地に起こる波の大きさは計り知れぬ」…