2月26日の拙稿で「ウクライナ侵攻:プーチンに戦略的な勝利を与えてはならない」と主張したが、どうやら事態は、プーチン大統領の戦略的な敗北へと向かっているようだ。現時点の展望を考察してみたい。
停戦交渉について
現在、ウクライナとロシアの間で停戦交渉が継続しており、双方が出した条件を持ち帰って検討し、現在協議が再開されようとしている状況にある。
しかし、考えても見てほしい。この停戦交渉については、そもそも一方的に武力で侵略を始めたロシアが、すでに首都キエフ近郊まで部隊を展開させてミサイルなどの照準をウクライナ大統領府に定め、「核戦力の安全装置を外した形で行われている」という時点で、公平性は全くないものだ。
しかもロシア側は、(プーチン大統領が打倒を目論んでの侵攻であったと見られる)ゼレンスキー政権にとってはとても吞めない条件を突き付け、前述のような戦況を背景に譲歩する可能性はゼロに等しい。
これでは交渉にならない。無条件降伏を迫っているようなものだ。
つまり、この停戦交渉は、急激に進軍したロシア軍がウクライナ軍の粘り強い反撃によって、予想以上に弾薬や燃料などを消費したことや、最前線と後方との間延びした兵站(へいたん)を再調整するための時間稼ぎに過ぎない。兵站が整い、補給が完了すれば、ロシアは一方的に交渉を打ち切って再び本格的な進撃を開始し、一挙に首都を攻め落とそうとするだろう。
一方、ウクライナ側も、国内だけでなく海外などからの武器弾薬や兵員の補給、並びに、一般市民の国外などへの退避のために、時間を稼ぎたいという事情がある。
おそらく、交渉が決裂してロシアが本格的に攻撃を再開すれば、いずれ首都キエフは陥落し、ゼレンスキー大統領は国外に脱出するか又は拘束されるかのいずれかになるだろう。
プーチン大統領の4つの誤算
しかし、果たしてこれが実現したとしても、プーチン大統領は戦略的な目的を果たしたといえるであろうか。
答えは、ノーである。このような形でウクライナに傀儡(かいらい)政権を誕生させたとしても、ほとんどの国際社会はこの政権を認めはしないだろう。また、この暫定政権に対する、反ロシア武装勢力によるゲリラ攻撃やハード・ソフト両面からの様々な国際的な圧力に、ロシアもかなりの負担を強いられるであろう。
このような状況を見て、これまではNATOとは距離を置いていた北欧のフィンランドとスウェーデンも、NATO加盟に傾く可能性がある。
そして何より、今回のような中立国までもが加わった経済制裁は、ロシアにとって極めて深刻な影響を及ぼすと考えられ、これは時間の経過とともにじわじわとロシア経済を圧迫し、それでなくても脆弱なロシアのフロー経済はじり貧に追い込まれるであろう
つまり、ロシアは中長期にわたり「大幅に国益を損なう」ということであり、戦争本来の目的である政治目的を果たせないということである。これは即ち、戦略的な敗北だ。
これほどまでの暴挙を世界に晒して、結果的に敗北に終わったということになれば、もはやプーチン大統領の政治生命は終わったも同然である。急激に国内での求心力を失い、軍部からも見放されるに違いない。今後、反対勢力が台頭すれば、失脚へと向かう可能性も考えられる。
なぜ、このような展開へとつながったのかといえば、ここには以下に記すようなプーチン大統領の思わぬ誤算が潜んでいたからである。
誤算①「手の内」がバレていた
2014年にウクライナに対して仕掛けたハイブリッド戦争を詳しく分析して教訓にしていた米国やNATO諸国、そしてウクライナの軍や情報機関は、昨年来のロシア軍による侵攻兆候を察知してロシアがウクライナ侵攻に併せて実行するであろう可能行動を入念に見積もり、関係国と連携をとりつつこれに関わる情報活動を効果的に展開したと見られる。こうした活動によって得られた機密情報がそれぞれの国によって適時に開示され、部隊の動きや直前のサイバー攻撃など、ロシアの手の内が次々と暴露されてしまったこと。
誤算② 民衆の団結力
首都キエフを始めとする、ウクライナ西部のロシアに対する拒否反応が思った以上に根強く、政府内も一般民衆もロシアと戦う意思が強固で団結しており、同地域の親ロシア派勢力が(ロシアの侵攻に応じて)騒乱を起こすなどに至らず、ロシアが期待していた擾乱(じょうらん)活動が実施できていないこと。
誤算③ 士気の低さの露呈
ウクライナ軍とは対照的に、最前線に投入したロシア軍兵士の「質や士気」が思った以上に低かったことなどから、その進撃が度々阻まれ、戦死者を始めとする人や装備の損耗が予想外に多かったこと。加えて、車両故障や被爆によって身動きできずに進軍から取り残されたロシア兵士や、ウクライナ軍などに拘束された捕虜の映像などがSNSなどで拡散され、彼らの(士気の低い)実態がロシア国内を含む世界中に晒されてしまったこと。
誤算④ 経済制裁からの反戦機運
西側諸国だけでなく、中立国までも含めた国際社会の迅速かつ強烈な金融制裁を含む経済制裁により、すでにロシアを取り巻く経済が混乱をきたし始め、ロシア国内が金融不安を起こしつつあり、富裕層や若者を中心とした反戦機運の高まりとともに、ロシア国内に動揺が広がり始めていること。
ロシアは情報戦で敗北した
以上のような状況から現状を分析すると、ロシアは今回のハイブリッド戦争において、火力戦というハード面では優位に立っているものの、サイバー戦、心理戦(宣伝戦、擾乱阻止など)、諜報基盤戦(各種情報活動)などといったソフト面、即ちハイブリッド戦争において最も重要な勝利の決め手となる、情報戦(IW:Information Warfare)において、敗北したと考えられる。
今や世の中は情報化時代である。工業化時代の消耗戦のように、火力戦で勝利したからといってこれが最終的な戦争の勝利者につながるわけではない。今回、ロシアはそれを証明することとなるだろう。
今後懸念されるのは、首都でも激しい抵抗に遭って思うように攻略できないロシアが、ミサイル攻撃や空爆を強化し、都心部でサーモリック(燃料気化)爆弾やバンカーバスター(地中貫通爆弾)などの強力な火器を使用することで犠牲者が激増する可能性である。
プーチン大統領が正気であれば、核を使うことはないだろうが、戦略的な敗北を悟った大統領が正気を失うことも全くないとはいえず。国際社会は、あらゆる可能性を考慮して、事態に応じる必要があろう。
将来において戦略的に勝利する可能性があるならば、ゼレンスキー大統領は(火力戦で)一旦白旗を掲げて国外に脱出し、亡命政権を樹立することも考えてよいのではないか。