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 新規定元年でマシンの見た目が大きく変わった2022年シーズンのF1がついに始まり、昨年までとは勢力図もレース展開も大きく変更。日本期待の角田裕毅(アルファタウリ)の2年目の活躍とともに、元F1ドライバーでホンダの若手育成を担当する中野信治氏が独自の視点でレースを振り返ります。今回は第2戦サウジアラビアGP。予選の大クラッシュ、そして決勝終盤の優勝争いが大きなトピックになりました。

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 2022年F1第2戦サウジアラビアGPについてお伝えしたいと思いますが、今回はまず、予選Q1のターン10でミック・シューマッハー(ハース)が大きなクラッシュに見舞われました。ターン10まではS字コーナーが連続していて、どうしても手前のコーナーからスピードの乗せていきたいコーナーです。ですので、クルマがアンダーステア気味になってもこの連続コーナーでは縁石ギリギリを攻めなくてはいけません。

 クラッシュしてしまったシューマッハーのラップのデータも見ましたが、かなりプッシュしていました。その前のアタックラップよりも速いセクタータイムを刻んでいて、ターン9まではコンマ1~2秒ほど速く走り、本当にフルプッシュでクルマの限界ギリギリを使っていました。

 2022年のF1マシンは縁石に乗る角度や量を見誤ってしまうと、18インチタイヤの影響か、今年のクルマのサスペンションセットアップが硬いことが原因か、新レギュレーションによるグランドエフェクトによるエアロの影響なのかは分かりませんが、クルマのバランスの崩れ方がかなり大きいです。2021年までの『これくらいの縁石の乗り具合だったら大丈夫』という感覚とは、かなり状況が異なっています。

 シューマッハーのクラッシュは、明らかにフルプッシュでタイムを上げようとして攻めていました。そこで若干のアンダーステアを出してしまい、縁石に乗る角度が良くなく弾かれてしまった感じでした。最初にターン9でフロントが縁石に乗った瞬間に大きく姿勢を崩していたので、縁石に乗ったときのダウンフォースの抜け方、縁石でのクルマの反応が予想以上に大きかったのでしょう。そこでアンダーステアが出てターン10の縁石に乗った瞬間にウォールに向かってクルマが向きを変えてしまいました。

【動画】ミック・シューマッハーの予選のクラッシュシーンとその後のインタビュー

 他チームと比べてもハースのマシンは足(サスペンション)が硬く感じるので、余計に縁石に乗ったときの反応が大きかったのかなと思いますが、ただあの周のシューマッハーは本当にフルプッシュでした。セクタータイムやスロットルの踏み方が前のアタックラップよりも遥かに上がっていたので、トライした結果なので仕方がないことです。

 ターン10の縁石自体、多くのドライバーが乗りたくなる縁石ではあります。スピードを乗せていくためにはコースを目一杯使っていきたいので、縁石ギリギリまでをコースと考えてコーナーを抜けていきます。ですので、どのクルマも結構縁石に乗ってはいますが、かなり慎重に縁石を使っている感じに見えました。そういった意味では、予選で縁石をうまく使ったのがセルジオ・ペレス(レッドブル)でした。自信を持って走れているような縁石の使い方をしていましたね。

 サウジアラビアGPの予選ではレッドブルではペレスがマックス・フェルスタッペンの前に行き、メルセデスではジョージ・ラッセルがルイス・ハミルトンより上位につけました。これはマシンのセットアップ許容範囲やスイートスポットが狭くなっているという印象もありますが、ブレーキの使い方やステアリングの切り方を丁寧にできるドライバーの方がクルマの限界を引き出しやすいのだろうと感じます。

 2021年までのF1マシンだとそのクルマの限界の少し先を攻めて走るイメージでしたが、2022年のF1マシンは限界の向こう側まで行こうとした瞬間に、コントロールを失ってすべてが終わってしまうような印象です。たとえば昨年はフェルスタッペンやハミルトンが100パーセントを超えたところでタイムを出して競っていましたが、今年はそういったアタックの仕方だと逆にタイムが落ちてしまう印象で、チームメイト同士の差も特に予選のアタックの際にはクルマの限界に合わせて縮まる傾向が見られます。

 逆に言うとクルマの限界を超えて、その向こう側の絶妙なところを使うのがすごく難しい。そこは特殊な才能を持っていないと厳しいと感じるので、今年のクルマはそのような限界域に関しての変化が見られます。ですが、まだ新しいレギュレーションになったばかりなので、クルマのドライビングやセットアップが煮詰まっていない段階なので、そういった状況になっている点もあるかと思います。

 ただ、それを考えてもペレスの予選のアタックラップは素晴らしかったです。セクター1~2ではほぼフェルスタッペンと互角で、セクター3でペレスが上回りました。タイヤの使い方という部分では、セクター1~2を優しく乗っている分、セクター3でタイヤのグリップがまだ生きているペレスがフェルスタッペンを逆転しました。対してフェルスタッペンは逆にセクター1~2で向きを変えようとして早めにアクセルを踏んでリヤタイヤをいじめていたので、セクター3でペレスに負けてしまいました。予選ではペレスの良いところがすべて出たのかなと思います。

 ハミルトンとフェルスタッペンは予選で『タイヤがグリップしない』ということを言っていました。僕は実際に走っていないので本当のところは分かりませんが、限界を超えるためにはクルマにも自信を持って攻めないといけないので、アウトラップで『あれっ!?』というようなクルマの挙動を感じていて、ハミルトンも無線で訴えていましたが、その違和感を感じた瞬間、ドライバーはメンタルと技術のバランスが狂ってしまいます。

 特に今回のジェッダ・ストリート・サーキットは超高速コースでダウンフォースが少ないサーキットです。ダウンフォースが少ないセットアップなのでブレーキングも難しく、そのブレーキングで乱れてしまうとすべてが崩れてしまい、限界を超えると修正が効かずにすぐにサイドウォールにぶつかってしまうのでアタックが難しいサーキットでもあります。

 もうひとつ、今回のサウジアラビアGPではサーキット近郊の石油施設にミサイル攻撃が発生しました。そのことはドライバーの気持ちの面に影響があるのではという声も聞きますが、F1ドライバーにでもなれば、マシンに乗ってしまえば気にはならないと思います。今回の件はFIAとF1も『安全を保証できる』ということでドライバーとも協議のうえでスタートしてます。ドライバーも頭の中で整理をつけた状態でないと参戦していないと思うので、ミサイル攻撃はあまりレースに関係なかったかなと思います。

2022年F1第2戦サウジアラビアGP ジェッダ・サーキット近郊の石油施設がミサイル攻撃を受けて炎上
2022年F1第2戦サウジアラビアGP ジェッダ・サーキット近郊の石油施設がミサイル攻撃を受けて炎上

●DRSゾーンを譲り合いながら、ギリギリのオーバーテイクバトルを見せたフェルスタッペンとルクレール

 そして決勝ではポールポジションのペレスがトップをキープする展開ながら、ピットタイミングでのセーフティカー導入に泣いてしまいました。今回のペレスは本当に乗れていましたし、ペレスのドライビングスタイルにクルマが本当に合っていて、ブレーキをあまり強く踏まずにダウンフォースが少ないという、攻めよりも丁寧さを求められるサーキットの特徴もペレスに合っていました。

 2022年のクルマとタイヤもピーキーなのですが、リヤがしっかりしていて基本的なバランスはアンダーステア傾向に見えます。昨年までのリヤが軽めなピーキーなレッドブルのマシンから、新レギュレーションになってリヤがしっかりしているクルマになって、ペレスのドライビングに合ってきたのだと思います。

 ペレスはタイヤマネジメントがうまいドライバーなので、セーフティカーが入っていなかった時のレースが見たかったですね。今年のクルマは前のクルマに近づきやすくなっているとはいえ、オーバーテイクは簡単ではありません。どのくらいタイヤを労りながらフェルスタッペンとシャルル・ルクレール(フェラーリ)が争っていたのかは正直分かりませんが、前半のペレスの集中力は素晴らしかったので、そのまま最後まで走りきっていれば、勝てる可能性は十分に感じさせてくれました。

 ペレスは本当に運が悪いタイミングでセーフティカーが入ってしまい順位を落としてしまい、そこから気落ちしてしまうのかなとも思いましたが、そこから諦めずプッシュしていました。ですが、トップ争いのルクレールとフェルスタッペンの集中力も流石で、昨年のハミルトンとフェルスタッペンの争いを見ているようなバトルでした。いずれにしてもペレスは、2022年マシンの特性がポジティブに働くのでパフォーマンスを上げるドライバーだと思います。逆に今年のクルマではフェルスタッペンは自分の良さを少し出しづらいのかなと感じます。

 そのフェルスタッペンとルクレールのトップ争いですが、最終コーナー前のDRS検知ゾーンでポジションを譲り合うというすごく不思議なバトルが展開されました。あのアクションは最終コーナー手前にホームストレートのDRSを検知するラインがあるので、そのラインにどちらが先に入るかでホームストレートでDRSを使用できるかが決まります。先に検知ゾーンを通過すると後ろのマシンにDRSを開かれて抜かれてしまうので、お互いが『先に行って』という譲り合いが起こりました。

【動画】フェルスタッペンとルクレールのDRSを譲り合いつつのトップバトル

 あのシーンを見ていると『えっ!?』というようなイメージを持ったかもしれませんが、DRSを使用する現代マシンならではの戦いで、どこでオーバーテイクするかというお互いの作戦です。最終コーナーでオーバーテイクをしても1コーナーまでにまた追い抜かれてしまう、最終コーナーで真後ろに付かれると1コーナーでオーバーテイクされてしまうということがあり、マシンとドライバーの実力が拮抗しているとそういったことが起こりえます。

 ジェッダは追い抜きがしづらいサーキットですが、ホームストレートだけは唯一オーバーテイクが可能な場所です。ホームストレートもそれなりの距離があるのでDRSの効果が出やすいですし、フェルスタッペンとルクレールもそのことをお互いに分かっていました。

 ですが、ルクレールとしてはフェルスタッペンを前に出してしまうと、元のダウンフォース量がレッドブルは少ないのでストレートスピードで離されてしまいます。前回も言いましたが、フェラーリのマシンは回頭性が良いのでサウジアラビアではダウンフォースを付け気味にしていたので前半セクターが速い。セクター1はフェラーリが圧倒的に速く、セクター2は両者ほぼ互角、そしてセクター3ではレッドブルが速いというような両者のマシン特性でした。

 マシンの狙っている場所やセットアップの考え方で得意/不得意なところが分かりやすかったので、見ている側としては面白い争いでした。フェラーリとレッドブルがそれぞれ考えている一番の強みを最大限に活かした戦いで、そこには目に見えない争いがあり、セクターごとにどれだけ追いついて、どれだけ離されるという計算で戦っていたのでミスができない。本当にフェルスタッペンとルクレールも高い集中力で戦っていたので、見ていて痺れました。

 2台の接触もなかったですし、バトルのレベルの高さもそうですが、お互いにリスペクトしている相手だからこそできる争いでした。レース後のルクレールのコメントも相手を讃えていて非常にスポーツマンシップに溢れるものでした。ただ、まだ序盤戦なので良いですが、シーズン後半戦でこのようなトップ争いが繰り広げられた時はどうなるか分かりません(苦笑)。いずれにしても、今後もこのようなバトルがいろいろなところで見られると思うと、本当に今年のF1も、見る者を熱くさせてくれる最高のエンターテイメントで素晴らしいです。

 今回、角田裕毅選手はトラブルで残念な形になりました。この開幕2戦、アルファタウリのトラブルが目っています。今回は連戦で時間がないので修復できなかった可能性はありますが、次戦は時間が空くのでファクトリーで原因を究明し、解決に向けてのマシンの扱い方や新しい部品を組み込むことはできると思います。次のオーストラリアGPまで多少時間があるので、そこに関しては対処してくるとは思います。

 アルファタウリは、サウジアラビアGPでのピエール・ガスリーのレースを見ていても、中段勢の争いのなかでは今回のサーキットがマシンにそこまで合っていないと感じました。アルファタウリ向きのサーキットならば、今後はまたアルピーヌとアルファロメオに対して良い勝負ができるかと思いますが、アルファロメオのマシンが見ていて結構良い感じなので、どこかのサーキットで、良い意味で弾けそうなパフォーマンスをアルファロメオは見せてくれる予感もしています。

2022年F1第2戦サウジアラビアGP決勝
2022年F1第2戦サウジアラビアGP決勝で優勝したフェルスタッペンを讃えるルクレール

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<<プロフィール>>
中野信治(なかの しんじ)

1971年生まれ、大阪出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在は鈴鹿サーキットレーシングスクールの副校長として後進の育成に携わり、F1インターネット中継DAZNの解説を担当。
公式HP https://www.c-shinji.com/
SNS https://twitter.com/shinjinakano24