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 脱炭素が進む中、将来的に大型商用車は電気トラックになるのか、水素を使った燃料電池トラックになるのか、議論が分かれているが、このほど、欧州最大の独立研究機関・フラウンホーファー研究機構(ドイツ)による分析が学術誌「ネイチャー・エレクトロニクス」に掲載された。

 論文の著者であるパトリック・プレッツ博士(フラウンホーファー研究機構のエネルギー経済ビジネスユニット)曰く、FCEV(燃料電池)トラックよりBEV(バッテリーEV)トラックのほうが、将来の陸上輸送の主役になる可能性が高いとのこと。

 また、BEVトラックが苦手としている長距離輸送では意外な要素がカギとなると指摘している。

文/トラックマガジン「フルロード」編集部、写真/ダイムラートラック・現代商用車・ニコラ・日野自動車


乗用車はBEVで決まり

 化石燃料から再生可能エネルギーへの移行のために、水素は非常に重要な役割を果たす。ただし、それは船舶や航空機などの分野であって、陸上の道路交通ではない。乗用車から大型トラックまで、主役はBEVとなりそうだ。

 特に乗用車に関してはFCEVが市場で成功を収める可能性はほぼ完全になくなったとする。その理由は次のようなものだ。

 これまでに販売された燃料電池乗用車は世界全体で2万5000台。市販されているFCEVモデルは、トヨタ・ミライとヒュンダイ・ネクソだけだ。そして水素の充填ステーションは全世界の合計でも540か所しかない。

電気vs水素!! トラックの未来はどっち?
ヒュンダイ「ネクソ」のシステムを流用した「エクシェントFC」は実用化されている数少ない大型FCEVトラックの一つ

 いっぽう、電気自動車とプラグインハイブリッドの販売台数は世界全体で1500万台となり、FCEVの600倍に上る。主要なメーカーだけで、少なくとも350モデルが販売されている。

 公共の充電施設は世界に130万か所存在し、加えて企業や家庭のコンセントも使える。充電施設の4分の1は急速充電に対応し、欧州などでは大型トラック用に300kW以上に対応する充電器も普及しつつある。

 BEV乗用車の航続距離が短く、充電に時間を要するのであれば、長距離の移動などFCEV乗用車にも大きな市場セグメントが残されている。圧縮水素はバッテリーよりエネルギー密度が高く、充填(充電)時間も短いからだ。

 しかし最近のBEV乗用車の航続距離は実走行で400kmを超え、最新のバッテリーは800Vでの充電にも対応する。これは、用途にもよるが200kmの走行距離に相当する電気を15分で充電できることを意味している。

 こうした状況から、博士はFCEV乗用車に存在価値はなくなったと考えている。

 「現在、FCEV乗用車への投資は『サンクコストの誤謬』に陥っている。バッテリーは今後規模のメリットが大きくなり、コストは低く、性能は高くなって行く。充電インフラもますます普及する。FCEV乗用車が活躍する可能性は極めて低い」。

 なお、サンクコストの誤謬とは、「すでに多額の投資を行なっているので、いまさら中断できない」というもの。

議論が分かれるトラックは?

 いっぽう、BEVかFCEVか、議論が分かれる大型トラックに関してもプレッツ博士はBEVのほうが優位に立っているという。

 世界でBEVトラックは3万台以上が走っている(主に中国でだが……)。中型以上のトラックに限ってもBEVトラックは150モデル以上が市販されている。

 FCEVトラックはほとんどがメーカーなどによる少量生産やコンセプトモデルにとどまっており、量産された市販モデルはない。

電気vs水素!! トラックの未来はどっち?
ダイムラー「GenH2」のコンセプト

 ただし、BEVトラックにとって年間10万km以上を走行する長距離輸送は困難な挑戦だ。また重量物輸送も走行距離当たりのエネルギー使用量が大きくなるため、BEVには難しい分野だ。

 こうした輸送分野は水素トラックの用途に挙げられる代表的なもので、トラックメーカーや水素インフラのプロバイダーは、2030年までに欧州でFCEVトラック10万台の導入を目指している。

 しかしこれが実現する目途は立っていない。メーカーのロードマップからFCEVトラックの量産開始は2027年頃となるが、開発競争の激しいBEVトラックはその頃には新しい世代にモデルチェンジしているのは間違いなく、現行車との比較には意味がない。

「トラックドライバーの休憩時間」が重要

 とはいえ、長距離輸送では一日に500km以上を走行する。これは現状のBEVトラックにとっては難しい課題だ。

 博士が長距離輸送用のトラックの行方を左右する重要なファクターとして指摘するのは、意外にも「トラックドライバーの休憩時間」だ。

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アンハイザー・ブッシュが導入したニコラ「トレBEV」。先進的な企業ではすでに大型BEVの導入が広がっている

 欧州の規則では、トラックドライバーは4.5時間の運転をしたら45分間の休憩を取ることが義務付けられている。日本の場合は「430休憩」と呼ばれるように、4時間につき30分だ。

 日欧以外でも職業ドライバーの休憩時間は多くの場合、法律に定められている。

 高速移動が多い長距離トラックは、時速80kmでの定速走行を想定すると、4.5時間で最大360kmほど移動する。日本の規則(4時間)の場合は320kmだ。

 法定の運転時間を考慮すると、長距離トラックが一度の連続走行で必要とする走行距離は、余裕を見ても450kmで充分ということになる。

 トラック用の急速充電機が広く普及していれば、45分間の充電で次の走行に備えることができる。この休憩時間に充分な充電ができるのであれば、航続距離というBEVトラックのデメリットは解消される。

 45分で大型トラック400kmの走行距離をに相当する電力を充電するには、800kWの充電器が必要というのが博士の試算だ。現在の急速充電規格は最大350kWなので、かなりの大電力が必要となることは間違いない。

 しかしメガワット級の充電システムはすでに開発が進んでおり、最大で2MWクラスの充電インフラが2022年~2023年末までに登場すると見られる。

 また、欧州ではトラックメーカー各社がメガワット・チャージャーによる充電網の建設を推進している。草稿段階だが欧州の現在の提案では主な幹線道路では50kmごとに急速充電機を整備することを求めている。

トラックで重要なコストと市場規模

 2011年からクリーン輸送を研究しているプレッツ博士は、今回の研究の意義について次の用に強調する。

 「充電インフラの整備が進めば、FCEVトラックの総保有コストは、BEVトラックより高くなる可能性が高い。(生産財であるトラックでは)乗用車よりコストが重要なので、FCEVトラックに適したユースケースはさらに少なくなるだろう」。

 いっぽうFCEVトラックは重量物輸送の分野では当面優位性を維持するように見える。問題は、そうしたニッチ市場だけでFCEVトラックを開発し、インフラを維持するコストをまかなうだけの経済規模を実現できるかということだ。

 ニッチ市場の規模によっては2030年以降も、内燃機関+バイオディーゼルや合成燃料を使ったカーボンニュートラル輸送のほうが競争力を持つ可能性がある。既存のディーゼルエンジン技術が使えるので、コスト面ではFCEVトラックを新規に開発するより有利だ。

電気vs水素!! トラックの未来はどっち?
FCEVの「GenH2」プロトタイプ(左)とBEVの「eアクトロス」(右)。ダイムラーは電気と水素両方の技術開発を続ける方針

 こうしたことから博士は次のように結論を述べている。

 「もしメーカーがFCEVトラックの量産を今すぐに開始し、コストを削減するのでないならば、そうした車両が低炭素の道路輸送における主役になることはない。FCEVトラックのニッチは開発投資に見合うだけの大きさを持つのか、政治家や業界関係者は速やかに見極める必要がある。規模が充分でないならば、将来の損失を回避するために、その努力は別の所に向けるべきだ」。

 トラックメーカーの中では、フォルクスワーゲンの商用車部門であるトレイトンが、論文を参照する形で「トレイトングループの戦略が科学的に正しいことが証明された」とコメントしている。

 商用車で世界最大手のダイムラーは論文について直接言及していないが、「輸送のニーズは多様であり、最適なソリューションを提供するためには両方の技術を組み合わせる必要がある」として水素・電気の両技術の開発を続ける「デュアル・トラック」戦略を維持するというリリースを出している。

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