自動車と自転車、同じ公道を走る「車両」ではあるものの、相互理解はなかなか進んでいません。どちらにも言い分があり、ルールがあり、マナーがあるわけですが、その議論の土台は「どちらがどのような走行をしており、どういう状況で起きた事故がどれくらいの件数で発生しているか」というデータに基づいて決められていくべきです。そこで本稿では、事故における自転車の関わりについて、警察のデータをもとにじっくり考えてみました。
文、写真/加藤久美子、yukovelo、AdobeStock
■自転車の違犯急増! 少額違反制度も提案されたが結局却下
2021年4月、「多様な交通主体の交通ルール等の在り方に関する有識者検討会」は、「自転車の違反に対する刑罰的な責任追及が著しく不十分なものにとどまっている状況を踏まえ、自転車を利用する14歳以上の違反者に対して、抑止のために実効性のある方法を検討すべきだ」と明記し、行政罰の導入を求めた。そして「14歳以上の自転車利用者が違反をした場合、少額の違反金を課す」という提案が検討されたのである。
これまでほぼ野放しだった違法自転車に対して「ついに制裁が!」と喜んだドライバーも多かったと思うが…、結論から言うと、昨年12月の検討会では「少額違反金制度」については見送られることになった。
自転車の取り締まりは都道府県警で力の入れ方に差があり、全国一律での実施は現場で混乱が生じることなどから、見送りが決まったという。
しかし、自転車の違犯に歯止めをかける策はこれで終わらなかった。2022年3月下旬、警察庁から画期的な発表が行われた。
それは、悪質・危険な走行が多いエリアを「自転車指導啓発重点地区・路線」として選定し、各都道府県警の公式サイトを通じて地域住民に周知した上で、集中的に取り締まりに乗り出すというもの。
自転車について重点地区を全国で公表し取り締まるのは初めてのことで、悪質違反には積極的に交通切符(赤切符)を活用するという。
また、2年前の令和2年(2020年)6月30日に施行された改正道交法では、自転車のあおり運転が「妨害運転」として新たに危険行為に盛り込まれている。平成27年(2015年)の改正時に自転車の危険行為として信号無視や通行区分違反、指定場所一時不停止など14類型が規定されたが、これに「妨害運転」が加わった形だ。
さらに妨害運転に規定される違反行為に幅寄せや車間を詰めるなどの他、「逆走」が規定されたことにも要注目だ。
クルマのドライバーからしたら、自転車の違法行為、法令無視の運転は本当に腹立たしい。車両通行帯のある道路の一番左や自転車通行帯を逆走する行為は腹立たしいのを超えて恐怖である。とくに夜間、無灯火で黒い服を着て逆走する自転車は自殺行為としか思えない走行だ。(なお、この自転車レーンの逆走による「当たり屋」も増えているというから注意されたし)
また、交差点での右左折の際、視界に入らない方向(斜め後ろなど)から突然クルマの前に現れるのもホントにやめて欲しい。これで接触事故となればクルマ側の「前方不注意」になるのだろうか?自転車側は見えているだろうが、横断歩道を渡る歩行者の動きなど前方を注視しているドライバーからしたら、不可抗力と言ってもいいくらいのつらい状況だ。
このような違反行為が自らの寿命を縮めていることに気づかない自転車利用者も少なくない。それらが事故死に繋がることは交通事故統計でも明らかにされている。
■自転車死亡事故で自転車側の違犯は8割!
実際、自転車で違反をする人の多くは自動車の免許を持っていないか、持っていてもペーパードライバー歴が長く道交法を知らず、安全運転の意識も低い人たちだと思われる。なお自転車は道交法においては「軽車両」となるので、当然、道交法を知っておくべきなのだが……。恐らく、自転車にも適用される「危険行為」などほとんどの自転車利用者が知らないのではないだろうか。
自転車の違法行為の取り締まりは、現状、あまりにも多すぎて不可能に近い。自転車の交通違反は道路交通法で刑事罰も規定されているが、歩行者にぶつかって死なせるなど、よほどの重大事故じゃない限り起訴されるのは非常にまれだからである。
自転車が関係する事故で自転車側も違反している割合はどれくらいあるのかご存知だろうか。筆者も数年前にその割合の高さを知って驚いたのだが、今年(2022年)3月3日に発表された「令和3年の交通事故統計」においては、自転車死亡事故で自転車側にも違犯がある割合はなんと8割近い。令和3年の1年間、全国で自転車乗車中の事故で死亡した人は359名で、そのうち273名に何らかの交通ルール違反があったことが分かっている。
マナーが悪く、交通ルール無視の自転車が増えたと日々感じていたが、このような無法自転車が死亡事故の原因の8割を作っていたことになる。交通ルールを守っていれば死亡者が出る事故にはならなかったケースも多数あっただろう。自らの違法行為によって亡くなった人が273名もいたことになる。
年齢層別法令違反別の死者数データにも注目したい。令和3年の自転車死亡事故において、65歳以上と65歳未満で比べてみると、違反ありの割合は65歳以上で「77.4%」、65歳未満だと「73%」となる。
65歳以上の違犯割合は年々増えている。高齢者人口が増えているのだから当然と言えば当然の結果と言えるが、65歳以上の死亡者の場合、「一時停止違反」や「安全運転義務違反」が多いことが分かる。 とくに、安全運転義務違反の中の「操作不適」の割合は65歳未満に比べて4.8ポイント高い。操作不適とは、出合頭の事故などで、とっさに自転車のハンドル操作やブレーキ操作を行うことが遅い、適切な操作ができなかったことを意味している。
■東京都、埼玉県では約9割が違反!
ここまで紹介した統計は、今年3月3日に公開された警察庁交通局作製の統計「令和3年における交通事故の発生状況等について」である。(令和3年1月28日までに入手したデータにより作成)
そして1月27日には警視庁が同様の交通事故データを発表しているのだが、まず注目すべきは自転車が関与する事故件数の推移だ。
東京都内において自転車の関与事故件数は2016年に11,218件発生しており、以降、コロナ禍の2020年を除いて毎年増加している。そして2021年には13,332件となった。2021年に東京都内で発生した全交通事故のうち自転車が関与した事故はなんと43.6%。2016年に比較すると11.5ポイントも増えている。
また、自転車乗車中の死亡事故についての統計を見ると、2021年には18名が死亡。そのうち、自転車側にも何らかの違反があった割合は約9割と全国平均の約8割を大きく超えている。
違反で多いのは、交差点安全通行や信号無視となっている。「その他」が多いことも気になるが、これについて警視庁に確認したところ、「”その他”には交差点での進路変更、交差点の右左折方法、左車線からの2段階右折、携帯電話の使用や保持などの違犯が含まれている」とのことだった。
上記グラフは埼玉県内の自転車乗用中の違反別死者数である。埼玉県内では2021年に34名が自転車事故で死亡している。これは交通事故死者数ワースト1の神奈川県(17名)や東京都(18名)の約2倍となる数字だ。そして、死亡した34名のなかで「違反なし」はわずか4名で、東京都同様、死亡者の88%に違反が見られる。違反の内容はやはり「その他」がもっとも多く3割強。続いて交差点安全進行、一時不停止、信号無視が続く。こちらも東京都とほぼ同様だ。
■ドラレコの普及で客観的なデータが分析可能に
ところで、自転車側が死亡する事故における自転車側の違反はどのような方法で調べているのだろうか。
警察関係者に聞いたところ、ひと昔前までこのような詳細なデータは公表されておらず、出始めたのはこの10年くらいのことだそう。「ドラレコや交差点のカメラなどの普及」によって、交差点内の事故がどのような状態で発生したのか等の客観的なデータが集まるようになったからだという。
そして、事故当時の詳細や違反内容については、「事故当事者や事故当時に近くを走っていた自動車のドラレコ映像を確認したり第三者や通行人から目撃情報を得たり、交差点付近にある防犯カメラの映像を確認するなどして事故発生時の状況を判断していく」とのことであった。自転車側が死亡する事故であっても、「死人に口なし」とはならないわけだ。言い換えれば、クルマ側が一方的に悪いわけではないことを立証できる環境が整ってきたことになる。
ただし、自転車側に何らかの違反があることが明らかになっても、自転車対自動車の事故においては、自動車側の違反は「なし」とはならない現状にも注意が必要だ。
こちらは令和2年のデータ「自転車対自動車の出会い頭事故における法令違反別自転車の死者・重傷者数」だが、令和2年には自転車対自動車の事故は2966件発生しており、このうち、自転車側の違反なしは22%。一方、自動車側の違反なしはゼロだ。
つまり、どんなに自転車側が交通ルール無視の酷い運転をして過失割合が高いという場合でも、対自動車の死亡・重傷事故ともなると、自動車側にも安全不確認や前方不注意の違反が取られてしまうということである。
逆走無灯火の自転車であっても、死角から急に飛び出してくるような自転車であっても、クルマのドライバーは注意に注意を重ねて運転する必要があるということは肝に銘じておかねばならないだろう。
警察庁では今後、死亡事故につながる悪質な違反走行の自転車に対して全国的に取り締まりを強化するとのことであり、無法自転車が減っていくことに大きな期待を寄せたい。
一方、事故多発の電動キックボードについては新たな、規制緩和方向のルールが3月4日に閣議決定している。「特定小型原付」という新しい車種区分ができ、電動キックボードをはじめとする小型モビリティの交通ルールが定められた。乗車できるのは16歳以上。速度20キロ以下なら免許もヘルメットも不要で一部歩道通行可とのこと。ナンバープレートや自賠責保険はこれまでどおり必要だが、全体として規制緩和の方向に進むことになる。
「ナンバーや自賠責保険は必要だが免許は不要」という、これまでにない非常に珍しい乗り物が誕生することになる。閣議決定した道路交通法改正案が成立に至れば、公布から2年以内に「免許・ヘルメット不要」が実現するという段取りである。
自転車の違法行為に対して取締りが強化されても、電動キックボードは大幅緩和とは大変残念である。ドライバーのストレスがまた増えそうである。
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