スズキは日本では軽の老舗であるとともに、発展著しいインドでは日本のトヨタ並みのネームバリューを誇る自動車メーカーである。そのインドから初の輸入車として発売されたのがスズキ「バレーノ」だった。
残念ながら日本では販売不振のため昨年販売終了したが、本国インドでは大人気。さらに業務提携先のトヨタにOEM供給されるばかりか、アフリカまで進出する勢いだ。
バレーノのどこがスゴくて、どこがイマイチなのか? バレーノの秘密に迫ってみよう!
文/清水草一、写真/スズキ、トヨタ、ベストカー編集部
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■35年前のインドの路上はカオス状態だったことに驚愕!
もう35年も前のことだが、インドを旅したことがある。ひ弱な私は、そのあまりの濃厚さにノックアウトされた。ついでにお腹もノックアウトされた。
都市部の道路上は超絶カオスだった。人、自転車、リキシャ(自転車で引く旅客車)、二輪車、三輪車、四輪車が道路を埋め尽くし、無秩序の秩序に律されてノロノロと移動していた。何より衝撃的だったのは、多数の牛が中央分離帯の役割を果たしていたことである。
当時インドの乗用車市場は、ヒンドゥスタン・モーターズ、プレミア・オートモービルズ、スタンダード・モーターズの3社が主軸。私のツアーでは、主にヒンドゥスタン・アンバサダーが移動の足に使われた。
これは長くインドの国民車の地位にあったクルマで、外見は初代クラウンに近い。生産が始まったのは1958年というから、35年前の段階で、見るからに旧世代だった(その後も2014年まで生産されたというからビックリ)。
■スズキはインドのモータリゼーション黎明期に参入! 今や押しも押されぬトップメーカーだ
実はその頃、インドの自動車業界では、大変革が起きつつあった。スズキがインドの国営自動車メーカー「マルチ・ウドヨグ」社の新たな国民車構想に参画し、1983年から、軽自動車のアルトをベースにした「マルチ800」の生産を開始したのである。私の訪印時にはすでに走っていたはずだが、牛やリキシャに気を取られたせいか、見落としてしまった。
以来、インドを訪れていないが、2016年、ある意味衝撃的なクルマと出会った。それがインドで生産され、日本に逆輸入された初の乗用車、スズキバレーノだ。
「ついにインド製のクルマが日本の道路を走るのか!」
35年前のインドからは、想像できなかった展開だ。
バレーノは5ドアハッチバック車。カタマリ感が強いフォルムは明らかにヨーロッパ的だ。同じスズキのスイフトと比べると、全長・全幅がひと回り大きく車高がやや低いため、「ちょっと余裕のスポーティハッチバック」に仕上がっていた。
ただ、顔つきはどこかインド的でエキゾチック。私には、グリル形状がゾウの鼻に見えた。
そしてインテリア。これは正直、ダッシュボードの中途半端な未来っぽい造形が、プラスチックの素材感を浮き立たせ、35年前のインド体験がよみがえった。同じスズキのイグニスのインテリアは、イタリア車のようですごくセンスがいいのだが、バレーノを見ると、「これがインドの顧客の好みなのだろうか」と思うしかない。
■インテリアの質感は並み。エンジンは日本国内合わせた改良も功奏せず、販売は低迷
インドの乗用車は大抵、ダッシュボード上に小さな神棚のようなものが置かれており、そこにヒンドゥー教の神(ゾウ神や女神など)が祭られていたが、バレーノでも思わず神棚を目で探してしまいました。
エンジンは4気筒1.2LのNA(CVA)と3気筒1Lのダウンサイジングターボ(6AT)の2種類。1.2NAは定評あるエンジンで、実用性は充分だった。
1Lターボは、国産初の本格的ダウンサイジングターボということで、期待が大きかった。パワーやトルクはおおむねそれに応えていたが、欧州仕様ベースのためハイオク指定という点は、国産ベーシックカーとしては致命的だった。
そこでスズキは2年後に、日本向けの1Lターボをレギュラーガソリン仕様に変更したが、最高出力は111psから102psに、最大トルクは16.3kgmから15.3kgmにダウン。明らかにパンチが消えており、全体に物足りない出来になってしまった。
ということで日本におけるバレーノは、日本市場とのミスマッチ感がどうにも強く、「これは売れるはずないな」という私の直感は当たった。結局バレーノは、2020年をもって、日本での販売を終了したのである。
個人的には、やはりダッシュボードのデザインと質感が絶望的にマイナス。インド製だからと言って価格が安いわけでもなく、このクルマに141万~172万円出すならば、スイフトを買ったほうが300倍いいと考えるのが自然だろう。
今でもたまに街でバレーノを見かけるが、そのたびに私は「いったいどういう人が乗っているのか!?」と、非常に気になる。おそらく、独自の価値観を確立している人に違いない。尊敬である。
■インドではプレミアムブランド車として絶好調! トヨタへOEM供給開始!!
このように、日本では珍車に終わったバレーノだが、インドではプレミアム販売網「NEXA」で販売され、大ヒットを続けている。2015年にインドで発売されて以来、2021年11月には、インド国内累計販売100万台を突破したというから凄い。日本では結局、4年間で1万台も売れなかったことを思うと、あまりの差に愕然とする。
ちなみに2021年のインドでの販売ランキングは、1位が「ワゴンR」(18万3851台)、2位が「スイフト」(17万5052台)。そしてバレーノは、僅差の第3位(17万2241台)に輝いている!
バレーノの好評を受け、インドではグランツァ(最終型スターレットのグレード名)の車名でトヨタにOEM供給されている。アフリカ市場では同じく「スターレット」の車名で、トヨタ車として売られている。
日本ではメタメタだったバレーノだが、インドやアフリカでは大好評なのだ。スズキは途上国のユーザーのニーズをしっかり捉えている。
■インドではモデルチェンジを実施してさらなる進化! 残念ながら日本では販売されず
そしてバレーノは今年2月22日、インドで全面改良を受けた。全体のフォルムは変わっていないが、フロントマスクはグリルが大型化されて「ゾウさんの鼻」のようなイメージは消え、プレミアムハッチバックらしい上質感を得ている。
この新型バレーノ、インドで生産され、アフリカ、中南米、中東などへの輸出も順次開始されるという。そのなかには日本は含まれていない。ある意味当然だが……。
思えばスズキは、初代SX4やスプラッシュといった、どう見ても日本市場向きじゃないモデルも、積極的に日本市場に投入してくれている。どちらも主に欧州向けモデルだったので、一部のカーマニアから高い評価を得たが、販売はふるわなかった。
バレーノの場合はインド向けだったので、我々カーマニアにもかなり理解不能だったが、「どうせ日本じゃ売れないだろう」と即断せず、とりあえず入れてくれるだけでもありがたい。
私はバレーノに乗ったことで、現在のインド自動車市場の一端を垣間見ることができた。スズキさんありがとう! 今後もインドで大いに頑張ってください! 応援してます!!
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