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 雨が降ると、げんなりして外に出るのも億劫だ。だからパリ在住のアメリカ人が「雨が好き」と言うのが意外だった。さすがに土砂降りは嫌だろうと聞くと「砂漠の近くで生まれ育ったから、雨が路上に強く打ちつけられているほど興奮する」という。そう聞けば、こちらも「慈雨」という言葉を連想させられる。

 大手コーヒーチェーンの男性店員の目元がアイメークで彩られていた。それを見て性別を問わない化粧品の台頭が実感できた。化粧をしたい男性は以前から存在する。ジェンダーフリーが市民権を得つつある今、需要が顕在化しただけかも知れない。内気な消費者でも手に取りやすい製品の開発や購買経路などの環境整備が進むといい。

 世界は広く多様である。生来的なものに環境や人生経験が作用し、形成される種々の価値観を互いに認め合う世界であって欲しいものだ。

 さて、雨が好きな人に嫌いになるように説得したり、石けんで十分と信じている男性に「スキンケアを使え」「メークで装え」と迫る、おせっかいも世には存在する。知らなかった体験ができるといった触れ込みを聞かされれば、その可能性を完全には否定できない気分になるだろう。

 しかし強要するのは明らかに行き過ぎであり、それを受け入れる可能性も消してしまう。大雨のなかで傘や服を奪われ、長時間立たされたり、椅子に縛り付けられて化粧品を塗りたくられたら、これは自由意思への冒涜である。価値観の多様性とコモンセンスは別の次元で捉えるべきであり、線引きが必要である。その基準は、力尽くの強要を許容しないことにおいては多様性、つまり別の解釈は存在しないということになろう。

 価値観を他者に押しつける欲求や衝動は、どこから来るのか。人は満たされていれば他者に攻撃的に振る舞うことは考えにくい。もしかしたらストレスが溜まり過ぎ、正常な判断ができなくなるのかもしれない。

 化粧行為などの肌への軽い刺激には肌状態を改善する効果があるという。「幸福ホルモン」と呼ばれるオキシトシンの分泌も報告されている。老人ホームの入居者が化粧をすると、美しくなった自分を認識して明るくなり、社交性が高まって認知機能の改善も期待できるそうだ。化粧品のジェンダーフリーは若年層を主役とした文脈で捉えられているが、高齢層にも普及すれば社会全体の幸福度の底上げにつながるであろう。

 「涙の雨」を降らせている多くの人々に必需品を届けている化粧品各社は、強要を迫る人にも化粧品を紹介してはどうか。

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