安全保障関係の取材に長く携わり、軍事専門誌・雑誌への寄稿を多く手掛ける、フジテレビ報道局上席解説委員の能勢伸之さんへのインタビュー。初回のロシアに続き、第2回は中国と北朝鮮の「極超音速ミサイル」事情について聞いた。(収録は2月末に行いました)
バイデンが招いた皮肉な現状
――極超音速ミサイルは、ロシアだけでなく中朝も開発していると言われていますね。
【能勢】そもそもの経緯から言えば、この極超音速ミサイルは、アメリカがオバマ政権当時、「戦略核の非核化」を達成するために開発に着手したものです。2010年2月、「我々は(核兵器と)同じ目的を達成する複数の手段を開発している」と述べたのは、当時の副大統領、つまり現在のバイデン大統領でした。当時ロシアは、こうしたアメリカの動きについて「恐怖の均衡を崩すものだ」「戦略的安定に有害だ」と非難しています。
ところがその後、アメリカは極超音速滑空体の実験に失敗。一方ロシアは2018年、プーチン大統領の年頭教書演説で極超音速核兵器開発プロジェクトを明らかにしました。そして実際に空対地極超音速ミサイル=キンジャール、極超音速滑空体弾頭=アヴァンガルドなどの、核弾頭搭載可能な兵器の開発に成功し、アメリカに先行することになったのです。
中国は「台湾有事介入阻止」のために使う?
――何とも皮肉な話ですね。
【能勢】そしてロシアに続き、中朝も開発に成功しています。中国の場合は日本を射程圏内に収めるDF17という極超音速滑空体ミサイルが開発されており、さらにH-6N爆撃機に吊り下げる空中発射弾道ミサイルの先端部分に、極超音速滑空体を取り付けていた可能性が指摘されています。中国の周辺国もミサイル防衛を備え始めていますので、それを突破できるものをと考え、開発に着手したのかもしれません。
米国の軍関係者は「ロシアと中国の極超音速技術は米本土を危険にさらしている」と指摘しています。
また台湾の政府系研究機関である国防安全研究院の蘇紫雲主任アナリストは、中国の極超音速ミサイルについて、「台湾有事の際に外国の軍隊が干渉するのを避ける(A2/AD戦略、接近阻止/領域拒否)ために使うのではないか」との見方も示しています。
北朝鮮の極超音速ミサイルに「驚き」
――となると日本も「台湾有事」の際には、迎撃不能な極超音速ミサイルの脅威を踏まえなければならなくなりますね。北朝鮮はどうでしょうか。
【能勢】北朝鮮の極超音速ミサイルは二種類あるようです。一つは、2021年9月に発射した「火星8型」と呼称されるもの。もう一つは、今年1月に発射され、正式名称は不明ですが、彼ら自身が「極超音速ミサイル」と呼んでいるものがあります。
――アメリカが作れないものを北朝鮮が作れてしまうんですか。
【能勢】極超音速ミサイルの基本構造として、弾道ミサイルのロケットブースター(ロケットモーター、ロケットエンジンでも可)を使います。その弾頭に乗せるものが、グライダーのように滑空しながら上下左右に自在に動く極超音速滑空体であったり、あるいはスクラムジェットエンジンを積んだ極超音速巡航ミサイルであったりします。
北朝鮮が今年1月に発射した、彼らが言うところの極超音速ミサイルのうち、2回目の発射には驚かされました。大体1000キロ飛翔したのですが、そのうち600キロは弾道ミサイルと同じように楕円軌道を描き、高さを変え、残りの400キロはグーっと旋回し、元の軌道から240キロ離れた場所に着弾したと北朝鮮は主張しています。こんな飛び方をするミサイルを、日米の弾道ミサイル防衛によって防ぐことができるかどうか。
――発射後に自在に動く弾頭の落下点が分からなければ撃ち落とすこともできないし、Jアラートによって避難や警戒を呼び掛けることもできません。となると、「敵基地攻撃論」というものが出てきたのは、こうした兵器の出現という影響もあるのでしょうか。迎撃できないなら、発射前に相手の拠点に直接、何らかの影響を及ぼす方法を考えるしかない、という。
【能勢】詳細は不明です。どうも与党内では「敵基地攻撃論」という言葉自体が適切かどうかという議論にもなっていますね。実際に検討しているのは、ミサイルが発射される前に、これに対して電磁波攻撃や通信妨害をして、発射を防ぐことが可能なのか。可能なら、それは、物理的に破壊するのではないため、「敵基地『攻撃』」という文言は、適切なのかと。
日本も「諸外国に遅れることなく研究」
――文言については中国の「領域拒否・接近阻止」みたいに「発射阻止・弾着拒否」とかでいいんじゃないでしょうか……。日本も極超音速滑空体の開発に着手はしているんでしょうか。
【能勢】はい。例えば2019年の防衛装備庁の「島嶼防衛用高速滑空弾の現状と今後の展望」には「米、露、中などが開発を競う高速滑空技術や極超音速技術による、将来の戦闘様相のゲームチェンジャーとなり得るこれらの技術を諸外国に遅れることなく研究」とあります。さらに2020年3月末に発表した「開発研究ビジョン スタンド・オフ防衛能力の取組」によれば、研究開発ロードマップとして高速滑空弾用のロケットモーターと高速滑空弾の中核技術を2024年~2028年までに確立し、さらに2029年~2038年にはさらに能力を向上させるとしています。
――うーん、完成までの時期は要警戒ですね。