2022年3月4日、ソニーとホンダはBEVの開発においてタッグを組み、2025年までにBEVを発売すると発表した。
では、IT界の巨人、アップルが手がける「アップルカー」はどうなるのか? ソニーが自動車メーカーのホンダと手を組んだように、アップルも自動車メーカーとの協業を模索するのだろうか? アップルカーの今後について探ってみた。
文/柳川 洋
写真/ソニー、Adobe Stock(メイン写真= hanohiki@AdobeStock)、ベストカーweb編集部
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■ソニー・ホンダがEVでの協業を電撃発表 でも「組織はまだない」!?
IT界の巨人アップル。そのアップルが2014年ごろから「プロジェクトタイタン」の名の下に、自律走行可能なEVを開発しているのは公然の秘密だ。
2021年冬には2025年までにアップルカー発売か、という観測も浮上したが、これまでのところ公式な発表は一切ない。
そんななか、2022年3月4日、ソニーとホンダのEVでの協業が発表された。
協業発表の記者会見では、ホンダ創業者の本田宗一郎氏と、ソニー共同創業者の井深大氏の交流の歴史について大きく取り上げられていたが、アップル創業者のスティーブ・ジョブズ氏も、ソニーファンを公言し、もう一人のソニー創業者である森田昭夫氏を慕い、交流を持っていたことも有名なエピソードだ。
古くはソニーのWalkmanは、移動中にラジオ以外で音楽を聴くことができる世界初のデバイスとして、アップルのiPodをインスパイアした存在だった。
またソニーは、VAIO 、Xperia、PlayStation Networkなど、アップルのMac、iPhone、Appstoreなどと同様のエコシステムを築いた。また、熱狂的な自社ブランドのファンがいることも含め、共通点が多い。
そのソニーがアップルに先んじて2020年にBEVの4ドアセダンVision-S 01、2022年にはBEVの7シーターSUV Vision-S 02を発表し、さらにはホンダと共同開発したEVの販売を2025年に予定しているというニュースは、カリフォルニア州クパチーノのプロジェクトタイタンチームにとって、かなりの刺激になったであろうことは想像に難くない。
ソニーとホンダのジョイントベンチャーは、発表されただけでまだ会社そのものも発足していない。
一般的に新車の開発スピードが大きく短期化しているとはいえ、まだ組織もないのに「今から3年以内に共同でBEVを世に送り出す」と宣言するのは、世の中がものすごい勢いで変化していることを象徴するニュースだ。
さすがのアップルも、これまで直接の競合相手だったソニーが一歩先んじてホンダと組み、次世代BEVを先行して生産販売するとなると黙ってはいられないだろう。
■誰がアップルカーを作るのか?
ではアップルカーは、一体誰によってどうやって作られるのだろうか?
先週、海外のIT系メディアが報じたところによると、アップルの最大のサプライヤーである2社、台湾Foxconnと中国のLuxshare Precisionが、アップルカーの生産を行うのではないかとの観測が出た。
両社とも電子機器の受託製造サービス(EMS)業務を行う会社で、アップルと関係が深い。
あなたが使っているかも知れないiPhoneやAirPodsは、アップルブランドのもとでFoxconnやLuxshare Precisionが作っているものである可能性が非常に高い。そしてどちらの会社も、EVビジネスへ参入している、もしくはしようとしている。
Foxconnは日本では「シャープを買収した台湾の鴻海(ホンハイ)科技集団の傘下企業」という方がわかりやすいかもしれない。
2020年に自力でEV開発を始め、2021年10月にはSUV、セダン、バスの3つのBEVコンセプトモデルを披露。3月には台湾高雄市でEVのバスを路線バス会社に納入した。
また各地域で提携を進め、アメリカのフィスカーと組んで3万ドルを切るEVを共同開発、2024年にアメリカでの販売も目指している。
中国のLuxshare Precision(立訊精密工業)と組むのは、中国市場での売上が全体の20%を占めるアップルにとっては、地産地消の考え方からも、経済安全保障的な考えからも、合理的かつ現実的な判断だ。
Luxshare Precisionは、先月EV生産への投資を発表した直後に、2000億円相当以上の増資を行なって資金調達することも伝えられたので、こちらもEV生産に向けての本気度は相当高いものとみられる。
だがこれまでは、アップルは伝統的な自動車会社との提携を模索してきていた。
イギリスの有力経済紙によると、アップルは日産と自動運転車プロジェクトにおける提携について数ヶ月にわたる協議を進めた結果、経営上層部同士による協議には至らず、ブランド戦略についての意見の相違のため2021年2月に交渉が打ち切られたという。
また韓国のヒョンデ(現代自動車)も、2021年の1月にアップルと自動運転車について協議をおこなっていると発表したものの、その後もはや協議していないことを明らかにした。
伝統的な自動車会社からすると、アップルカー生産に参画することは、自らがこれまで築き上げた自社のブランドと競合して自分で自分の首を絞めたり、その価値を毀損してしまったり、単なるアップルの下請け会社になってしまうリスクを取るというかなり勇気のいる決断だ。
だがEMS会社は、自社ブランドやフランチャイズにあまりこだわらず、柔軟にどのパートナーとも手を組む、いわゆるオープンネットワークプラットフォーム作りに慣れている。
またアップルカーも含めたEVは、これまでの機械工学のかたまりとしての自動車とは異なり、むしろ電子部品のかたまりであり、その生産にあたっては従来の伝統的な自動車メーカーと協働するよりも、台湾や中国のEMS会社と組む方が理にかなっているとアップルが考えても全くおかしくない。
ただし、「試作車を作るのは比較的簡単だが、量産車を作るための工程を作ることはクルマを作ることよりも難しい」とイーロン・マスクは述べていて、自動車の生産ノウハウを持たないEMS会社がそのハードルを越えるのは簡単ではないかもしれない。
バッテリーの供給元に関しては、米国で販売されるアップルカー用にはLGエナジーソリューション、SK On、サムソンSDIが有力なサプライヤー候補と言われており、また中国で販売されるアップルカー用にはCATLとBYDが有力と伝えられている。これまではパナソニックの名前も取り沙汰されてきた。
■アップルカーの開発進行状況は昨年後半から加速?
こちらの表はアメリカ カリフォルニア州陸運局が発表している、2020年12月から2021年11月までの1年間でのカリフォルニア州の公道における自動運転車による走行距離を製造者ごとにまとめたデータだ。
テキサス州やアリゾナ州、中国などでも自動運転車の公道テストは行われているが、やはり次世代EVの最大の開発拠点はシリコンバレーのあるカリフォルニア州。ここでの走行距離の多さである程度の開発動向が窺える。
アップルの自動運転車の走行距離は、テストを行なっている製造者のなかで14位。13,272マイル、およそ21,000キロ。トップのGoogle子会社のWaymoと比較するとわずか0.6%ほどにすぎない。
自動運転走行距離1位のWaymoと2位のGM子会社のCruiseは、サンフランシスコの指定されたエリアで、セーフティードライバーが同乗する自動運転タクシーサービス(ロボタクシー)を有償で提供する認可を先月末に得た。
Waymoは24時間時速65マイル(約100キロ)までの速度での自動運転が許された。つまり、自動運転での走行距離が多ければ多いほど実用化に近づいているということがいえる。
実用性と安全性が確保されることが実証されるわけで、上位2社に比べるとまだアップルの自動運転技術は伸びしろがあるということだろう。
ただしアップルのテストカーの月ごとのテスト走行距離を見ていると、開発責任者が交代した2021年末になって走行距離が伸びていて、開発が加速していることを窺わせる。
またアップルのテストカーが、公道テスト中に事故を避けるために人が介入しなければならなかった事例は過去1年間に663件あったが、その理由のトップ10は以下の通り。
自動運転モード解除の理由で一番多かったのは、「マップ不一致による望ましくない動作計画」。
これは、道路工事が行われていて本来通れるはずの1車線が通れない、など、過去の地図情報と現在の路面状況が一致せず、それをセンサーで感知できずにクルマが危険な挙動をしたことによるもの。
1年で21000キロ走って、663件の介入件数なので、30キロ走るごとに1回人が介入しなければならない。この頻度は高すぎて、まだアップルが目標としている、完全自動運転車の開発が近づいているとはまだ言えないかもしれない。
■アップルカーはどんなテクノロジーを搭載するのか?
アップルカーの開発状況については、アップルがBEVに関するどのような特許を申請しているかで窺い知れる部分もある。直近は、熱を持ちやすいBEV冷却用の高効率水冷システムや、クラウドではなく車両ベースで行動計画の意思決定ができる機械学習モデルとアルゴリズム、交流と直流電力を同時に充電できるモジュラー充電システム、アクティブサスペンションなど、数多くの特許を取得している。
そのなかでも面白そうな技術を紹介してみよう。
下の図は、ドライバーの頭の位置をカメラで把握して、フロントガラスに右目用と左目用と別々の映像を投射して3D画像が見られるヘッドアップディスプレー装置の特許の概念図だ。
実際の景色にコンピューター画像を追加するAR(拡張現実)技術を用いて、フロントガラスに大きなナビゲーション情報を立体的に映し出したり、充電待ちの間に立体画像でのエンターテイメントを楽しむことができるようになるかもしれない。
これ以外にも、アップルはウインドウシールドをそのままモニターとして使ってしまう特許も申請している。
普通のクルマは、安全性と遮音性のためにプラスチック膜を挟み込んだ合わせガラスをフロントガラスに使っているが、プラスチック膜の代わりに液晶パネルを挟み込み、ガラスそのものをモニターとして情報を表示してしまおうというアイデアだ。
下の図は、アップルが取得したクルマのドアの開閉ヒンジの特許の図だ。この図はクルマの正面から見た時にドアが開いている状態を示しており、ドアが上方にはね上げられ、大きな乗降用の空間ができることを想定していることがわかる。
開いたドアは点線で示されているようなポジションにも動かすことが可能だ。ガルウイング式のドアだと横幅の狭い駐車場に対応できず、シザーズ式のドアだと高さが必要になるので、狭い駐車場でも広いドア開放面積を確保するための仕組みのようだ。
また、LEDもしくは有機ELをクルマのインテリアに使われるファブリックや革の中に仕込んで、必要な時だけシートやドアの内張りやシーリング、シートベルトまでモニターに変えてしまい情報を映し出す技術の特許も取得している。
この技術と静電容量式タッチセンサー(スマホ画面を触ると文字が打てる仕組みに使われているセンサー)を組み合わせるとクルマのインテリアのいたるところをスイッチとすることができる。
例えばダッシュボードを指でフリックすると、それまでは普通のダッシュボードにしか見えなかったのに表面にあたかもスマホのホーム画面のようなものが表示され、エアコンの温度やシートの角度を調整できるような技術だ。
これ以外にもアップルは多くのBEV関連の特許を申請・取得している。これらの技術の全てがアップルカーに盛り込まれるわけではないが、アップルが作り出すクルマは我々が知っている今のクルマとは大きく異なる、ワクワクする経験がもたらされるクルマになりそうなことがわかる。
アップルは、iPhoneやiPadなど、これまで誰も見たことのなかった革新的なプロダクトを世に送り出してきた。
それらのプロダクトは「リープフロッグ」、すなわち跳躍するカエル、我々を一足飛びに次の未来へと連れて行ってくれるプロダクトで、洗練されたデザインも兼ね備えていた。そしてそのようなプロダクトをもたらす革新性や創造性に憧れる、熱狂的なアップルファンが世界中にたくさんいる。
アップルカーは、他のBEVメーカーのクルマと比較して「リープフロッグ」で「クール」でなければならない宿命にある。そして移動体験を感動体験に変えるものでなければならない。そうでなければ、アップルファンの期待を裏切ることになってしまい、むしろアップルのブランド価値を毀損してしまうことになる。
またお金を払ってクルマを購入し、所有者がクルマのためのスペースも用意するというビジネスモデルから脱却し、移動というサービスをアップルが提供するビジネスモデルも、充電インフラと共に確立しなければならない。
そのハードルの高さから、アップルカーの開発には時間がかかっているものと思われる。だがアップルは世界一の株式時価総額、およそ300兆円を誇り、圧倒的に潤沢な資金と優秀な人材を抱えている。
アップルであればその高いハードルを軽々と乗り越え、近いうちに我々に新しいクルマの未来を見せてくれると信じてやまない。
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