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前回までのあらすじ 大隈重信大蔵卿と大久保利通内務卿のトップ会談によって、難航していた紙幣寮の新工場建設についに裁可が下った。建設開始に向けた準備が進む明治8年1月、紙幣の彫刻技術者として招聘したイタリア人、キヨッソーネが横浜港に降り立った。 (前回を読むには、こちらをクリックしてく…