ここ数年間の国際政治の動きの速さにはすさまじいものがある。新型コロナの世界的な大流行(パンデミック)の影響もあるが、中心にあるのは、アメリカと中国の対立だ。
もちろん表面的には経済面での対立の激化があり、日本でも対立の余波を受けて「経済安全保障」というイシューが議論され、政府にも専門の部署が設置されるなど動きが活発化している。
だがその根本にあるのは、この2つの大国による、今後の世界秩序をめぐる争い(いわゆる新冷戦)だ。
続々発表される対中戦略
この対立が客観的にどうなるかは誰にも予測のつかないところではある。だが、すでに私がこの場で何度か触れたように、アメリカではいくつかの目立った対中戦略論が出されており、アメリカ側としてこの冷戦をどう戦っていくべきなのかという議論は始まっている。
ここで思いつくものだけでも、
- アスペン研究所のサイトに匿名で掲載され、レッドラインを設定して習近平個人を狙えとする「より長いテレグラム」
- ジョンズ・ホプキンズ大学のハル・ブランズ教授らによる「新たな中国封じ込め論」
- 東アジアに戦力を集中させて軍事的に手を出させないこと(拒否的抑止)を狙ったエルブリッジ・コルビーというトランプ政権の元高官による「否定の戦略」
などが挙げられる。
そのような中で、私が注目しているのは、オーストラリア発で、実際は日本も大きく関わっている、ある対中戦略のビジョンだ。
オーストラリア発「インド太平洋戦略」の書
それは、オーストラリアの元外交官で、現在は豪国立大学のローリー・メドカーフ教授が書いた『インド太平洋戦略の地政学』だ。原書はコロナ禍が激しくなる直前の2020年初頭に発売され、邦訳書はこのたび芙蓉書房出版から刊行されることとなった。いささか手前味噌になるが、本稿の筆者(奥山)は監訳者の一人である。
原著執筆当時はまだトランプ政権時代だったこともあり、オーストラリアの元外交官が米中対立において同盟国に冷たいアメリカに対して懸念している雰囲気が反映されている。だがいくつかの点で実に新鮮な視点を提供しており、日本に住むわれわれにとっても今後の世界の動きを考えるためのヒントがつまっている。
その特徴を3つに絞ってご紹介したい。
第一に、「ミドルパワー」(中堅国家)の働きだ。
台頭する中国に対して、「アメリカがこうすべき」(もしくは「中国がどうすべき」)という大国の当事者による戦略論ではなく、その間に挟まれている「ミドルパワー」(中堅国家)が、米中の対立をどのようにマネージすべきかを説いている。
もちろん念頭におかれているのは原著者の国であるオーストラリアの役割なのだが、それと同様に日本、インド、そしてインドネシアのような国々の「中国との外交関係」の歴史的な経緯を紐解く。彼らが果たすべき、そして現在実際に「クアッド」のような安全保障を話し合う枠組み(アーキテクチャーという)を通じて果たしている役割を分析している。
中国を囲む「厄介な隣人」たち
第二に、本のタイトルにあるように「インド太平洋」という枠組みで戦略を考えよ、と提案していることだ。これが最も重要な点になろう。
この「インド太平洋」(Indo-Pacific)というフレーズをご存知の方も多いと思うが、実は日本政府、とりわけ第一次安倍政権(2006〜2007年)がイニシアジブを発揮して「インド太平洋構想」として提唱し、2017年に発足したトランプ政権にも公式に採用された対中戦略の概念である。
この概念そのものは地理学や生物学の世界では以前から存在したが、外交・安全保障の枠組みとして出てきたのは、冷戦時代の「アジア太平洋」(Asia-Pacific)という概念の後であり、比較的最近といえる。
原著者は、トーマス・ミッチェルという19世紀に活躍したスコットランドの探検家の作成した地図(地球儀を斜め右に傾けてインドを上、オーストラリアを下に眺め、その中間に東南アジア諸国が入る)を使いながら、重要なのは左のインド洋と右の太平洋を一つの海として接続させ、上のユーラシア大陸からはみ出した半島の先にオーストラリアがいるというイメージを描き出している。
つまりこの図からわかるのは、中国は東アジアの最大の国家になれたとしても、その周辺には実に多くの自由意志を持った(一見やる気がないが中国にもコントロールしにくい)主権国家が存在するという事実であり、いわばその中で中国は「ワンオブゼム」でしかない、ということだ。
言い換えれば、中国がいくら台頭できたとしても、その周辺には厄介な隣人たちが多く、その関係に悩まされることになるということだ。日本からはあまり語られることのない新鮮な視点であり、これこそが本書と「インド太平洋」概念が与えてくれる最大の利点であろう。
「頼りない日本」に「変化」を期待
第三に、中国を牽制する「インド太平洋」において、日本の果たすべき役割が極めて重要であることがあらためて理解できるという点だ。
本書でもくわしく解説されているように、日本は「インド太平洋」の将来の運命を決める「ミドルパワー」の一角であり、国力はいまだに中国に次ぐ世界第3位であり、アメリカとともにその地域では圧倒的な軍事力をもっている。
ところが「インド太平洋構想」の中核をなす「クアッド」を構成する国々(米日印豪)の中で、日本は最も急速に高齢化が進んでおり、しかも経済的にも縮小傾向が続いている。
これは、オーストラリアが正面から中国と外交的に対峙し、インドは相変わらずどっちつかずの態度を見せつつもヒマラヤを超える国境ではにらみ合いを続けて、中国製のアプリを禁止するような状況と比べると、実に頼りない状況だ。
逆にいえばそれだけ中国を「インド太平洋」という枠組みの中に引き込むだけの力量や「伸びしろ」をまだ持っているのが日本だともと言える。
原著者もこの本が日本で翻訳されたことをとても喜んでいる様子だが、それは現在中国との関係が最悪になっているオーストラリア側から「准同盟国」として協力してほしいとする、日本に対する並々ならぬ熱意や期待の証左ともなっている。
中国の台頭にどこまで耐えられるか
今後の中国の台頭は「インド太平洋」という新たな戦略のレンズから見れば実に困難ではある。だが、日本政府は安心して何もしなくて良い、というものではない。
原著者は引き続き各国の外交による連携が不可欠であることを強調しており、中国の台頭を抑えるためにはアメリカをいかにこの地域に関与させ、ミドルパワーであるオーストラリアや日本、そしてインドや東南アジア諸国などが外交力を発揮できるかにかかっている、とする。
そしてそのカギは、言うまでもなく日本が今後もどこまで国力を保ち、安全保障面をケアしながら中国の台頭に耐えることができるか、にある。
長期的には楽観的な見通しではあるが、それでも気を引き締めていかなければならないことを本書は教えてくれている。