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最近の株式市場、特に新興市場は荒れに荒れています。米国では特別買収目的会社(SPAC)にも逆風が吹いています。SPACの値動きを示す指数IPOX・SPAC」は1月、一時1年2カ月ぶりの安値を付けました。SPACを利用した新規株式公開(IPO)の計画撤回も相次いでいます。

日本でも新興市場であるマザーズ市場の株価下落は止まりません。2月にはマザーズ市場の時価総額が6兆円を下回りました。米国金融政策の転換を背景にグロース株には逆風が吹き、ウクライナ情勢など地政学リスクも重なります。

そして先週だけでも、エニーマインドグループ、レパトア ジェネシス、住信SBIネット銀行の3社がIPOを撤回。これにより今年に入って上場承認取消は7社と、昨年1年間の5社を早くも上回りました。

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問われる経営者の金融での肌感覚

新興市場は緩和マネーの行き先として人気を集めてきましたが、米国金融政策が正常化に向かう中で手じまう動きが広がっています。量的緩和が縮小されて世界的な利上げ、ウクライナ戦争での不透明要因など、資金調達の環境にネガティブ要因ばかりではありますが、このような時の資金調達についてはどう考えれば良いのでしょう。

ところで上場企業のメリットとは何でしょうか。それは何と言っても多額で機動的な資金調達が可能なことです。非上場の会社でも新株発行による資金調達は可能ですが、一般的には多額な調達は困難です。そのため、多額の資金調達を行う手段は銀行からの借り入れに限られてしまいます。

一方、株式上場を果たせば、銀行借り入れの金利低減やコミットメントラインの設定など、資金調達の幅が広がるのに加え、エクイティファイナンス(株式発行による資金調達)の手段が増えることになります。資金調達手段の多様化と与信の増大による調達コストの低減が、上場の大きなメリットといえます。

上場してエクイティファイナンスで得られる資金は企業の成長に極めて大きな役割を果たします。株式発行を行って調達した資金は銀行借り入れとは異なり、自己資本なので返済の必要もありません。上場で得た資金をもとに大きく成長することに成功した企業は、枚挙に暇がありません。

ソフトバンクや楽天も、エクイティファイナンスや社債の発行による資金調達で大きな発展を遂げました。また、サイバーエージェントは、IPOで調達した200億円を上手に活用して大きく成長しました。以上のことからもわかるように、経営者は事業だけでなく金融の肌感覚を持つ必要があるのです。

ソフトバンク・孫正義氏、楽天・三木谷氏(写真:アフロ)

エクイティファイナンスの鉄則とは

私が上場後のエクイティファイナンスを検討する中で、大きな失敗だと感じた経験があります。それは、検討している最中に株式市場が先行き不透明になり、調達のタイミングを失ってしまったことから、会社の成長どころか資金繰りまでもが厳しくなったことです。

よくデットファイナンス(借り入れによる資金調達)のほうでも「銀行は雨の日に傘を取り上げ、晴れの日に傘を貸す」といわれますが、エクイティファイナンスも市況に影響されます。株式市場が活況の時は、得てして会社側は資金には困っていないし、いつでもできると思ってしまいます。しかしそのタイミングで調達せず、昨今のような株式市場の環境やリーマンショック後のような長引く不況に陥った時には、会社自体の資金繰りが厳しくなり、株式市場でもリスクマネーが引き揚げてしまい、資金調達はできなくなります。

したがって、エクイティファイナンスはできる時に実施することが鉄則です。そして調達した資金は投資に回すだけでなく、半分は内部留保して、余剰資金と批判されても非常時に備えておくべきです。

繰り返しになりますが、往々にして資金は、調達の必要のない時にできて、必要がある時にはできなくなってしまうものです。心掛けるべきは、資金調達はできる時に実施しておくことです。

「やれる時にやるべきだった」事例

参考として、昨年8月にIPOしたニューラルポケット(4056)の例を挙げます。IPO後わずか3ヶ月でMSワラントの発行を決議しました。MSワラントとは、市場の株価よりもリーズナブルな価格で発行する新株予約権のことです。資金使途は、調達予定額の約36億円のうち、約23億円が将来的なM&Aのための資金としていました。株価への下落圧力は小さくなさそうでしたが、IPO後3ヶ月で資金調達を実施したことは勇気のあるファイナンスだと評価していいと思いました。

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しかし、MSワラントをローンチした後、年初来安値をつけていき、遂には2022年2月28日には発行したMSワラントのキャンセルを発表しました。発行決議日(2021/11/19)の終値2,351円、払込日(2021/12/6)の終値1,737円、払込日の6営業日後(2021/12/14)には、下限行使価額(1,623円)を割り込み、2022/2/24には、910円の安値を付ける局面もあり、行使株数は0株という結果になってしまいました。

確かにキャンセル発表後には株価が上昇する場面がありましたが、それも一時的とも言え再度下に戻す動きとなっており、その後の成り行きも不透明と言えます。早めのキャンセルは、低迷する株価も意識してのことだと思われますが、過去の案件では、キャンセルしても株価が上がらないケースの方が多いと思います。

今後の経過を見てみないと何ともわかりませんが、せっかくIPOして間もなくタイミングを逃さず勇気あるファイナンスをローンチしたので、「やれる時にやる」これが鉄則で、個人的には実施すべきだったのではと思う次第です。

マーケット環境の急変を意識

私が1社目にIPOに携わったプロパスト社においても、2006年12月のIPO直後から、日系・外資系それぞれの証券会社からエクイティファイナンスの凄まじい提案攻勢がありました。どこの証券会社からでも、調達を実施しようと思えばできる状態でした。

しかしながら、IPOした7カ月後にサブプライムローン問題が表面化して、株式市場は大きな下降局面を迎えてしまいました。さらに輪をかけて、それから1年2カ月後にはリーマンショックを迎え、株式市場は雪崩のように崩れていきました。

このように株式市場の先行きはいつの時代も読めないものであり、昨今の状況でもわかるようにマーケット環境は急変するのが常です。率直に申して、この環境に陥ってからだと打つ手はありません。

このため、しつこいようですが、エクイティファイナンスは「いつでもどこでもできる時が実施のタイミング」と考え、マーケット環境が良好な時に急変に備えた資金調達を実施しておくべきです。