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【編集部より】菅義偉前首相に編集長・新田が迫る創刊1周年スペシャル。最終回は、数々の政策実現や規制改革をもたらしたリーダーシップの真髄にクローズアップ。最後はサキシルで以前取り上げた地元・秋田の名物がピンチに直面した規制の問題、さらには噂の政策グループ旗揚げについて迫ります。(収録は2月中旬に行いました)

撮影:武藤裕也

官僚は前例主義が一番楽

【菅】総務大臣の時にふるさと納税に反対した総務官僚を「飛ばした」って言われますけど、ふるさと納税は公約としてやってきているわけですから。その人とは議論はしましたよ。だけど決めるのが政治ですから。

【新田】人事といえば安倍内閣で設置した内閣人事局がよくメディアで批判されました。前の自民党政権、民主党政権がずっと模索した後で結実しましたが、歴代の政権が90年代からずっと政治主導と言ってもなかなか実現できなかったことを、あの仕組み1つでバチっと決まったのは、実に画期的だったと思います。


【菅】ふるさと納税で言えば、導入当初の寄付総額が約80億円。安倍政権になった直後にもやっと100億円を超えるくらいでしたが、政治主導を形づくった2015年度以降、毎年1000億円単位で増えるようになり、一昨年は6700億円になりました。去年は、さらにその3割増となっています。

総務省「ふるさと納税に関する現況調査結果」(令和3年度)

【新田】ふるさと納税に意見はいろいろありますが、国民が信託した力をどう活用して政策を実現するか、大きなモデルを作ったことは間違いありません。

【菅】官僚の皆さんは前例主義が一番楽。これをまず打ち破ること。そして私がもう一つ大事にしたのは縦割りの打破。それは与党の権力を握った政治家にしかできない。権力を得たときに官僚の言うとおりの政治をやるようであれば、とてもではないが国民に申し訳が立ちません。

【新田】僕は過去の政治、特に平成期の前半にそうした前例主義、縦割りを、なかなか打開できなかったことが、結果として日本の低成長の要因になったと思っています。その意味では、そこの構造に風穴を開けたことが大きいと思います。

菅義偉(すが・よしひで)1948年、秋田生まれ。法政大学卒業後、小此木彦三郎衆院議員の秘書、横浜市議(2期)を経て1996年初当選(現在9期目)。総務相、官房長官を歴任し、2020年9月〜21年10月、第99代首相。

【菅】携帯電話の値下げもここまで料金が下がるとは誰も思っていなかったでしょう。電波は国民共有の財産であり、それを使って商売をする以上は、透明性、あとは健全な競争をすることは絶対に必要です。

かつては3時間、4時間も待たせるとか料金体系やサービス内容がわかりにくいとか。「2年縛り」と言ったことは法律も改正してまでダメだと。公取、消費者庁、もちろん総務省も入れてやったんですが、ようやく武田総務大臣(当時)に私も強い指示を出して期待に応えてくれました。

その結果、総務省の試算で、携帯電話を新しいプランで契約する「乗り換え」が去年5月までに1570万件にもなり、年間4300億円も国民負担の軽減につながりました。それ以後の発表はありませんが、乗り換え件数は昨年末で3120万件を超えており、6〜7000億円の軽減効果があったのではと推測されます。

なぜ訪日外国人を大幅に増やせたか

新田哲史(にった・てつじ)1975年生まれ。読売新聞記者(運動部、社会部等)、PR会社、言論サイト編集長などを経て2021年サキシルを創刊、編集長に就任。

【新田】菅政権といえば規制改革のイメージが強いですが、これこそ前例主義と縦割りの打破があってこそですよね。

【菅】(第二次)安倍政権が誕生した時、日本のインバウンドは836万人に止まっていましたが、ビザの規制を緩和して、コロナ前の2019年には3188万人にまで大きく増やすことができました。消費額も1兆800億円から4兆8000億にまで伸ばしたんです。

おもてなしや安全が日本の魅力と思われがちでしたが、デービッド・アトキンソンさんから、「観光立国」の条件とは、気候、自然、文化、食事の4つが揃っているからで、観光大国のフランスと比較しても負けない、いくらでも観光客が増えるのだと聞かされ、彼の本も読んで納得してやろうと決意しました。

しかし観光庁がビザを緩和したくても法務省と警察庁は「外国人犯罪が増えるから勘弁してほしい」と反対でした。これも治安は警察、観光は国交省といった具合に縦割りの問題でしから、当時の谷垣法務大臣古屋国家公安委員長太田国土交通大臣に「これは政権としてぜひやりたい」とお願いして実現しました。

【新田】そうした話も、報道側が事後評価でもっと取り上げてもいいですよね。課題があったらあったで、次の政策づくりに向けて建設的に進みませんし。

ここまでお話を聞いていて、これは私自身の課題でもありますが、メディアはもっと政策形成の過程や結果をもっと深掘りして行かなければならないと感じました。政治が進化する分、報道も進化しなければなりませんね。

故郷名物の受難、新派閥…気になる今後

いぶりがっこ(toru-me /PhotoAC)

【新田】ご出身の秋田名物の漬物「いぶりがっこ」が改正食品衛生法で衛生規制が強化されたことで、担い手の多くがご高齢の農家とあって廃業の危機に瀕しています(関連記事)。ネットでは、菅さんに期待を寄せる声もあるのですが、秋田からも「なんとかしてくれ」と陳情はありましたか。

【菅】もちろん伺っております。この問題は、法律を改正して衛生管理を厳しくしたのですが、一定規模以上の事業者と、農家がご自宅で作っている場合と分けるべき話ですよね。

「手洗いと製造用の水道設備を分けて作らなければいけない」というのは当たり前の部分もありますが、70歳、80歳のお年寄りの農家が自宅で作っているものにまで全部一律ではなく、もっと柔軟に運用できるのではないでしょうか。何十年もやってきて(食中毒などの)問題がないわけですから。規制を行う側は、もっと現場の方々の実態に寄り添って対応していくべきだと思います。

【新田】最後に伺いたかったのですが、報道では新しい政策グループを旗揚げされるのではないかと言われております。経営者や投資家の取材先、友人などは菅さんの動向に特に注目しています。

【菅】毎日のようにメディアの皆さんにお尋ねいただくのですが(苦笑)、特別なグループを立ち上げることは考えているわけではありません。先ほども申し上げた縦割りや前例主義でできないことがいっぱいあるので、それを乗り越えるための取り組みです。

【新田】やっぱり、政治主導ですよね。改めてそのキーワードを確認できた次第です。

まだまだ伺いたい話もありましたが、また改めて次の機会に。本日はありがとうございました。

(終わり)