ロシアのウクライナへの軍事侵攻を受けて、アメリカではヨウ素剤の在庫切れが相次いでいるという。米ウォールストリートジャーナル(WSJ)が10日報じた。
WSJによれば、製薬メーカーのアンベックスでは、2月末には在庫が底をついたという。同社のアラン・モリス社長は「1300万錠を受注したが、まだ製造が追いついていない」と話している。また、別の製薬メーカーのBTGファーマシューティカルズも欧米用のヨウ素剤の需要が供給を上回ったと発表した。
ロシアのウクライナへの軍事侵攻がエスカレートし核攻撃が行われる可能性や、米国内の原子力発電所がロシアから狙われることを危惧した米国民が購入しているものとみられる。
原発事故が起こると一般的に、放射性ヨウ素が放出され、人体が被曝すると甲状腺ガンを誘発する恐れがある。放射性ヨウ素にさらされる前の24時間以内、あるいは、さらされた直後にヨウ素剤を服用すると、甲状腺ガンの発生予防が期待できる。
ただし、ヨウ素剤を過剰に摂取すると、甲状腺機能低下症や甲状腺機能亢進症のリスクが高まることも報告されている。
11年前にもあったヨウ素剤買い占め
原子力発電所の放射能リスクを警戒して、アメリカでヨウ素剤が大売れするのは今回が初めてではない。11年前の東日本大震災でも、福島第一原発が事故を起こした時にも、原発から漏れ出た放射性物質がアメリカまで届くのではと危惧した人がヨウ素剤の買い占めに走っている。
中国共産党系のメディア・中国網(チャイナネット)が2011年3月18日に配信した記事によると、アメリカの薬剤通販サイト「nukepills.com」では、事故が起きた3月11日から16日までのわずか数日間で、25万箱のヨウ素剤と3000本の液体ヨウ素剤が売れたという。冒頭のウォールストリートジャーナルにも登場したアンベックスのモリス社長は当時「以前は1週間に3箱ほどの注文が、今は1分間に3箱くらいの注文になった」と述べていた。
東京とアメリカ西海岸のロサンゼルスまでは9000キロ近い距離がある。冷静に考えれば、日本での原発事故で漏れ出た放射能が海を渡ってアメリカまで届くはずがないと分かりそうなものだが、アメリカ人の危機意識の高さは見習っても良いのではないだろうか。
日本では配布が進まず
日本には、北は北海道から南は九州まで、54基の原子力発電所がある。国の原子力規制委員会の更田豊志委員長は9日の衆議院産業委員会で、国内の原発がミサイルなどで攻撃を受けた場合、「放射性物質がまき散らされることが懸念される」と述べている。
これまでは、「原発にミサイル攻撃なんて」と一笑に付す向きが多かっただろうが、現にロシアはウクライナのチェルノブイリ原発を攻撃している。「そこまではしないんじゃないか」という世界中の専門家の予想を裏切り続けているのが今のロシアだ。
なお、日本では原発の5キロ圏内かつ40歳未満の住民には、安定ヨウ素剤を配ることに決められている。しかし、東京大学と毎日新聞の調査によれば、昨年時点での配布率は57%にとどまっているという。日米の危機意識の違いは、大きいようだ。