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【編集部より】菅義偉前首相に編集長・新田が迫る創刊1周年スペシャル。第2回は、新田が数年来取材をしてきた福島原発の処理水放出に見られるように、難しい決断をなぜ立て続けにできたのか。その「真髄」に引き続き迫ります。(収録は2月中旬に行いました)

撮影:武藤裕也

ネット世論は安倍政権を支えたのか?

【新田】官房長官として支えた第2次安倍政権は史上最長になりました。第1次安倍政権以後、民主党政権も含めて1年ごとに首相の交代が続いた後でしたが、政権が短命に終わり理由の一つにメディアの影響を挙げる人も多いです。一方、第2次安倍政権は折しもSNSが普及したこともあって、マスコミが作る世論のカウンターとしてのネット世論が出てきたとの見方を政権の幹部でもする人がいましたが。

菅義偉(すが・よしひで)1948年、秋田生まれ。法政大学卒業後、小此木彦三郎衆院議員の秘書、横浜市議(2期)を経て1996年初当選(現在9期目)。総務相、官房長官を歴任し、2020年9月〜21年10月、第99代首相。

【菅】まず、そもそもの話ですが、安倍さんは2回目の登板はかなり準備していました。長期政権の理由は、経済がよくなったことが一番の要因。アベノミクスは大成功だったと思います。政権発足前は47都道府県で、有効求人倍率が1を超えたのは8つしかなかったのが、政権発足から1年くらいで全部1を超え、株価は回復しました。

【新田】アベノミクスには異論もありましたが、確かに雇用は劇的に改善しました。

【菅】加えて、(集団的自衛権を限定的に認めた)平和安全法制(編集部注・通称「安保法制」)はものすごい反対もありましたけど、成立させることができた。冷静に考えてみれば、例えば、日本を北朝鮮のミサイルから守ってくれているアメリカの艦船が攻撃されても、日本が反撃できない状況では日米同盟がうまくいくのか、これでアメリカが日本を守ってくれるのか不安があった中で、あの法律を作ったことは大きかったと思います。

【新田】確かに雇用政策と安保法制は、安倍政権の最大の成果でした。官房長官だった菅さんからすれば、ど真ん中の政策から振り返られるのは当然ですよね。

それでも敢えてネットと政治の関係性で話を伺いたいのですが、先日、菅さんがツイッターで「長年の課題であり、私が総理大臣の時に道筋をつけた不妊治療の保険適用について、今年の4月から実施される具体的な内容が本日決定しました」と投稿されたところ、リツイートだけで2万件を超える大反響。ツイッターやネットメディアは時々ご覧になっているんですか。

【菅】そこはご期待に反して申し訳ないけど、私はあまり見ないですね。

【新田】ガクッ、残念です(苦笑)でもツイッターはすごい反響でしたね。

【菅】おかげさまで不妊治療の投稿はたくさんの方に見ていいただきました。これからも、自分の約束したことはやっぱりきちっと説明していこうと思っています。

携帯電話料金の引き下げもそう。憲法改正と言いながら、まとめられなかった国民投票法の改正案も成立させました。安全保障上の重要な土地の利用を制約する重要土地利用規制法も、やりきれなかったのをやりました。あとは福島原発の処理水問題。何年も進められなかった中で道筋をつけました。

「福島の復興なくして、日本の再生なし」

【新田】僕は処理水については3年前、地元の大熊町双葉町の町長さんのお話も伺って「廃炉は復興のために必要。そのための処理水放出」と痛切に訴えられていたので、菅さんが政権の最後で決められたのは、本当に良かったと思っています。安倍政権ではなかなか進まなかった政策で、菅政権が一気に解消した課題はたくさんありましたが、その象徴が処理水の問題でした。

福島原発の処理水タンク(資源エネルギー庁サイトより引用=撮影:東京電力HD)

【菅】福島の復興なくして、日本の再生なし」。それは安倍内閣の方針でもありましたし、私もそれを引き継いでおりましたから、福島の再生には処理水の問題を乗り切らなければできませんよね。安全が明確でしたし、IAEA(国際原子力機関)も客観的な立場で検証をしてくださいました。

あとは風評被害。これにしっかり対応し、決着しなければなりません。繰り返しになりますが、廃炉をしなければ福島の復興はありません。

【新田】処理水の問題、特に近年は進むなと思った局面になると、おなじみの新聞社(苦笑)が反対論を展開する。一部野党もそうですが、隙あらば何か揚げ足取りをして進まないようにすることがありました。

安倍政権のとき、「一強」と言われるほど政権が強くなり、野党はリベラル系を中心に揚げ足取りに走りがちでした。しかし党派性に関係なく、解決をしないければいけない問題があります。処理水の問題はまさにその一つ。建設的に話が進まないことに対してすごくもどかしい思いをされたのでは。

【菅】国民の命と暮らしを守るのは政治の基本です。安全保障の問題にしても、北朝鮮のミサイルをなんとかしなければいけない。しかし、北朝鮮からすればやはり怖いのはアメリカなんですよ。だから平和安全法制を成立させ、しっかり連携をする。これがものすごく大事です。

従来から、尖閣諸島も日米安保条約第5条の適用対象だとアメリカの大統領はなかなか明言してくれなかった。オバマ大統領の時は2年くらいかかったと記憶していますが、私が政権発足直後にバイデン大統領と電話会談した時は最初から「安保条約第5条の適用はわかってるから」という感じでした。アメリカときちっと連携を取れる体制、信頼される体制にするのはものすごく大事です。

撮影:武藤裕也

公約を言うだけでは信用されない時代

【新田】菅さんは市議会議員の出身者で、初めての総理大臣。やはりそうしたご経歴からか右とか左とか党派よりも課題を解決することを真ん中に置いて取り組んでいる印象が、歴代総理のなかでも強く感じましたが、ご自身ではどう思いますか。

【菅】よく私のことを、携帯電話の値下げのこととか「そんな細かいことばかりをやってる」という人もいますが、現実的に私は国民から見て当たり前のことを、きちっと見極めた上でやってきました。

一方で安倍さんもすごかったと思いますよ。消費税を10%に引き上げた時、新たに生まれる2兆円の財源を子ども若者対策に回しました。あれで80万人分の認可保育所の定員を増やし、2万6000人もいた待機児童が6000人を大きく下回る水準まで減ることができました。

【新田】あれは高齢者向け主体だった我が国の社会保障制度を全世代型に転換するという歴史的なことでしたね。

政治とメディアの話でいえば、メディアは事後評価に熱心とは言い難い。メディアが問題点を指摘し、政治家との適切な緊張関係は必要ですが、その辺りはどう思いますか。

【菅】携帯電話値下げや不妊治療の保険適用とかやろうとすると目先のことだとか言われましたよね。

【新田】ああ言えばこう言う深みにハマっています。

【菅】しかし、私たちは将来を見据えてやっています。高齢者医療費の問題でいえば、団塊世代の方々が75歳以上になる前に、高齢者でも一定の所得がおありになる方はご負担を1割から2割に増やすことをお願いしなければなりませんでした。

私が思うのは、国民に政治家がいろいろなことを言っても公約だけでは信用されない時代になってきたことです。カタチにする必要があるのです。

権限持ったら、行使が大事 

撮影:武藤裕也

【菅】アベノミクスは金融緩和、財政出動に比べて成長戦略が弱いというご指摘は受けましたが、私は成長戦略で脱炭素とデジタルをやろうと、密かに思っていました。事前に相談すると壊れる可能性があったのでギリギリまで言わないでおいて成長戦略の両輪に据えました。

政治って権限を持ったら、やっぱり行使することが大事ですね

【新田】そこは全く同感です。だからこそ私たち有権者は政策を吟味して選挙で政党、政治家を選んでいるわけです。

【菅】「恣意的に官僚の人事をやっているのでは」とよく言われました。だけど人事は政策を作っていく上でものすごい大事なわけですね。だから国民に支持されてやろうと決めた政策に反対の人がいたら、その立場に置くべきではありません。