フランス大統領選は10日、第1回投票が行われ、現職のマクロン氏が得票率28.5%でトップだったものの、極右のマリーヌ・ルペン氏に24.2%と追い上げられる展開だった。
ルペン氏「あなたのポケットにお金を戻す」
ウクライナ紛争が勃発した当初は、マクロン氏の露出が飛躍的に増えた影響で世論調査でも堅調にリードし、再選が手堅いと思われたが、第1回投票が近づくにつれ、ルペン氏との差が縮まっていった。24日の決選投票に向けて、第3位の急進左派、ジャンリュック・メランション氏が集めた21.7%の支持票のうち、マクロン氏に流れる有権者が最も多いとみられるが、残り2週間の論戦はマクロン氏にとって決して安穏としていられる状況では全くなくなった。
ルペン氏が善戦した背景には、一連のインフレによる生活苦がフランス国民に広がっていたことが挙げられている。ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)によると、マクロン政権はインフレ対策として、①電気・天然ガス価格への上限設定、②燃料費への還付導入、③低所得層には生活必需品の購入支援に対する補助金支給--を打ち出しているが、これに対してルペン氏は「あなたのポケットにお金を戻す」に訴えてきた。
ルペン氏は具体策として「生活必需品としてのエネルギー製品(燃料、石油、ガス、電気)のVAT(※日本の消費税)を20%から5.5%に引き下げます」(公式サイト)との公約を掲げている。現政権の中途半端な生活支援策よりも思い切った減税政策が支持を集めた要因の一つと受け止められているようだ。
日本の参院選に与える示唆はあるか?
振り返って日本は、主要各党の参院選に向けた公約の正式版はまだ発表されていない。ただ、昨年秋に政権選択選挙としての衆院選が行われたばかりだ。
衆院選敗北により執行部が交代した立民は現執行部の公約を改めて評価するとしても、政権を維持した与党の自民・公明、野党ながら躍進した維新と国民民主については当時の公約に対する履行ぶりに加えて、その後の情勢変化、すなわち加速する世界的なインフレ、ウクライナ紛争を受けた変化した安全保障環境への対応などをどうアップデートするのかが問われる。
また、移民大国のフランスにはない脅威として人口減少の加速とそれに連動した社会保障コストの増大、原発を動かせるのに動かしてこなかったエネルギー事情による電気料金の高止まりや停電リスクの現実味も重要な課題だ。そして何よりも成長しない経済をどうするか。フランスは一見すると成熟国家の印象が強いが、実質賃金でいえば主要国で一人負けの日本とは大違いで成長トレンドは実は維持している。
一言で言えば、社会保障費、電気代の増大に対し、国民の賃金は減るばかり。自由に使える可処分所得もジリ貧になる傾向にどう向き合うのか。
「トリガー条項」見送り?の日本と対照的
カンフル剤としての減税という点で言えば、東京新聞も指摘するように自民は献金の多い業種ほど政策減税をばら撒いているが、国民が広く享受できるガソリン税を下げる「トリガー条項」の発動については見送りの方向になりそうだ。
「トリガー条項」を巡っては、国民民主が予算案に賛成するという「切り札」を切ってまで与党に実施を迫ったものの、公明の山口代表が11日、自民主導で原油高対策として進めた石油元売りへの補助金について「それなりの効果が出ている」との認識を示した。
他方、維新は「小さな政府×保守」路線という独自の立ち位置らしく、消費税の時限的な引き下げ、所得税、法人税の大型減税に、規制改革による成長底上げを掲げたはずだった。ところが年明け、一部議員による資産課税構想の発言でネットの減税派の怒りを買うなど論争が勃発。党内でも色々な意見があるのが垣間見られ、トランプ政権時代のアメリカ共和党のような確固たる減税勢力というものでもないようだ。
個々の減税政策の妥当性は一旦脇におくとしても、選挙戦術の一般論としては、政権与党が構造改革に背を向け、現下の経済的な脅威に対し、中途半端な支援策で安穏としていれば、有権者の支持政党志向が移り気な都市部を中心に流動化の可能性を孕むように見える。ところが、今のところ政党支持率では「自民一強」に変わりはなく、岸田政権も発足から半年が経つも支持率は堅調だ。
この点は4年前の前回の大統領選で、中道右派・中道左派の既成政党の凋落が決定的になったフランスと大きく異なり、ルペン氏のようにカリスマ的な右派&減税勢力の旗手が現下の国政にいるわけでもない。
日本の政界は既成政党の不満を捉えた新興勢力が一時的に台頭したが「ガス抜き」に終わったのが大半だ。年金、電気代が上がるのに、給料は下がるという「生活苦」が顕在化しても、国民の選択肢は「無難」のままという傾向がこのまま続くのか。自民党を追い落として民主党政権が失敗したことへのトラウマがそれだけ重いのか。フランス大統領選の風景は、我が国に共通する政策課題要素と、逆にあまりに対照的な政治情勢を投影している。