【編集部より】サキシル創刊1周年特別企画、第1弾は、菅義偉前首相と編集長・新田の対談です。わずか1年だったものの、ワクチン接種率を世界トップクラスに押し上げ、携帯電話料金の値下げ、不妊治療の保険適用など数多くの成果を出し、最後は懸案の福島原発の処理水放出に目処をたて、退任後のいまようやく評価が上がっています。
「いまの政治には党派性よりも問題解決を重視することが求められている」と考える新田が、菅前首相にとことん聞きました。(収録は2月中旬に行いました)
政治家冥利に尽きたと思った瞬間
【新田】本日はお忙しい中、ありがとうございます。菅さんにとっては複雑なご心境かもしれませんが、今年に入り、ネットで菅さんの評価が上がっています。
【菅】ネットの反応は、そんなに評判がいいのですか?確かに先日(2月9日)、ツイッターで「私が総理大臣の時に道筋をつけた不妊治療の保険適用について、今年の4月から実施される具体的な内容が本日決定しました」と投稿したら、20万件を超える「いいね」をいただきました。
【新田】在任時を振り返った大手のビジネスメディアのインタビューで、アメリカの製薬大手ファイザーのブーラCEOを迎賓館に招待し、池の鯉の餌やりが喜ばれて、ワクチンの確保につなげた話、あれは特にツイッターでも評判が良かったです。結構拡散していましたね。
【菅】そんなに良かったのですか(笑)。
【新田】ツイッターではベンチャー界隈のインフルエンサーも反応して拡散していました。これは決してお世辞ではなくて、確かに経営者や投資家の友人たちと政治談義になると、「菅さんにもっと総理をやってほしかった」という話になります。
私が思うに菅さんが経営者や投資家の支持を集めるのは、やるべきことを実直にやる、政治家はしばしば党派性に囚われる人も少なくない中で、その問題に悩んでいる人たちがいた時、それをひたすら解決しようと向き合っているように思われているからではないでしょうか。
【菅】そう言ってくださるだけでも、ありがたいことです。
【新田】ただ総理の時はコロナの感染者数が高止まりしていて、世論、マスコミは厳しく当たるばかりでした。率直にお聞きしますが、今になって政権時代の成果の評価が上がっていることには、どんなふうに受け止めていらっしゃいますか。
【菅】変化を感じたのは、総理を辞めた後の衆院選の時からですね。選挙応援に行くたびに大勢の人たちにお集まりいただいて、「ワクチン、ありがとう」「携帯(値下げ)よかった」と声をかけてくださる。私にとって9回目の衆院選でしたけど、初めてでした。びっくりするほど皆さんから感謝されました。ある意味、政治家冥利に尽きますよね。なんとなく同情もあったのかな(笑)
【新田】いやいや(苦笑)。しかし、菅政権にとっては「不運」でしたが、首相退任を表明された後からワクチン大規模接種の効果が見えてきました。総裁選不出馬の表明の9月3日の新規感染者数が17,541人だったのが、月末には1930人へと急速に減少しました。
マスコミ猛批判も「ワクチン」に賭けた決め手
【新田】振り返ると、第5波で感染者数がピークのままオリンピックに突入した時には報道が菅さんや政権をボロクソに叩いていました。コロナ対策に明け暮れた政権運営となりましたが、改めて振り返ってみると?
【菅】正直に言って、私が総理大臣になったのは、コロナの感染が続く中で安倍さんが病気で退任を余儀なくされたためですね。私がやることは2つ。まずコロナ対策。そして落ち込んだ経済を下支えすること。一昨年4~6月期の国内総生産(GDP)が戦後最大の下落となる年率換算で28.1%のマイナスでした。
そういう状況でしたので、官房長官として経緯を知っている私がやるべきではないかと思い、総理になりました。
【新田】安倍政権内でもコロナ“封じ込め”派と“共生”派がいたといったら語弊があるかもしれませんが、菅さんはどちらかといえば、後者の方でかなり冷静に見ていた印象がありました。とはいえ総理になった後も感染がおさまらず、第5波の最中にオリンピックに突入します。今だからこそワクチンに賭けて正解でしたが、マスコミが猛批判する中で初志貫徹できたのはなぜだったのでしょうか。
【菅】ご承知の通り、コロナは当初全体像を掴めなかったわけですが、私はアメリカやイギリス、イスラエルなど海外の情報をずっと集めていました。それらの国々は、日本より遥かに厳しいロックダウンをしても感染拡大を繰り返していたのが印象的でした。結局、イスラエルで最初に収束が見られたように、状況が一変したのはワクチンの接種が広がったからです。
データを取り寄せると、ワクチンを2回接種し、接種率が40%を超えてくると急速に収束し始めて、街に賑わいを取り戻す状況だとわかってきました。1日も早く、1人でも多くの方に接種することが、国民の命を守って暮らしを守るんだと、「よし、これでやろう」と状況を見定めて決意しました。
【新田】1日100万人に接種のかなり高い目標を掲げられました。よくできましたね。
【菅】(昨年)7月いっぱいで65歳以上の高齢者は全部の希望者に接種すると宣言しましたが、そのためには1日100万回打っていく必要がありましたし、何よりもトップが高い目標を示すことで、事務方に政府をあげて取り組む覚悟ができたと思います。
ただ、目標を掲げたときは、「できるわけない」と批判されましたが、私には一定の根拠がありました。実は、通常のインフルエンザの予防接種でも、平均して1日60万回打っています。政府をあげて取り組めば、100万回を達成できないわけはないと思いました。結果として、6月は1日110万回を超え、7月は150万回、8月は120万回、9月になっても110万回と進み、11月で希望する方への接種を完了し、接種率はG7で一番高い数字を達成できました。
「明かりが見え始めている」の真意
【新田】正直私も本当にできるかやや懐疑的ではありましたが、メディアには「ワクチン一本足打法」とか言われましたよね。どんな思いだったのですか。
【菅】それで結構だよと。テレビのワイドショーは特に批判ばかりでしたが、私にとってみれば、冷静に今までの経験を生かして、海外(の参考事例)も含めてもうとにかく迷いなくやるだけでした。こう言ってはなんですが、メディアの皆さんは海外の動きは、あまり考えてなかったですよね(苦笑)。
一番ご批判を受けたのは、8月25日に緊急事態宣言の追加発令で記者会見をした際、「明かりははっきりと見え始めている」と発言した時でした。
【新田】あの時は叩かれましたよね。あの日だけで全国の新規感染者数が25000人ほどに上りましたからメディアは「何を言ってるんだ」と総攻撃状態でした。それでも確信を持てた理由は何だったのですか。
【菅】高齢者の接種が7月いっぱいでほぼ終えていて、8月から一般の方々への接種が本格化し、その効果は2~3週間程度で出てくる。接種率も43%ほどになっており、先ほど申し上げたように、海外で収束の分岐点となった40%を超えていました。また、軽症・中等症の方に対する新たな治療薬であるカクテル療法が、非常に効いていました。私なりに見通しがあったのですが、メディアの皆さんは「なぜ?」と聞けばいいのに「根拠はない」の一点張り。そのまま(政権が失敗したという論調の)“流れ”に持っていかれました。
【新田】僕も自戒を込めていうのですが、メディアの人間は、表層的な現象面についつい目を奪われてしまうことが多いですよね。テレビだったら「絵写り」を重視することもあって余計にそうなりがちです。メディアがヒートアップしちゃうと…
【菅】何を言ってもしょうがなくなりますね。ただ、私はやることはやるという思いでした。