岸田政権が重要政策の一つと位置付けている「経済安全保障推進法案」が4月7日、衆議院本会議で賛成多数で可決され、現在開会中の通常国会での成立が確実な情勢となった。
法案通過に際して筆者が驚いたのは、野党の立憲民主党が求めた付帯決議の内容だ。立憲民主は当初、この法案に関して本来自由であるべき企業活動が制約を受ける可能性があると指摘していたが、付帯決議を盛り込むことで折り合いをつけた。
付帯決議のSCとは?
今回の法案は
- 重要物資の安定的な確保に関する制度(サプライチェーンの強靭化)
- 基幹インフラ役務の安定的な提供の確保に関する制度(サイバー攻撃などに対する基幹インフラの安全性・信頼性の確保)
- 先端的な重要技術の開発支援に関する制度(官民技術協力)
- 特許出願の非公開に関する制度(核開発などに転用されるリスクのある特許の非公開化)
の4本柱で構成されている。
そして立憲民主党の求めで盛り込んだ付帯決議は17項目。中でも注目されるのは次のくだりだ。
国際共同研究の円滑な推進も念頭に、我が国の技術的優位性を確保、維持するため、情報を取り扱う者の適性について、民間人も含め認証を行う制度の構築を検討した上で、法制上の措置を含めて、必要な措置を講じること
端的にいえば、立憲民主は法案成立後の実効性を担保するために、今後、日本に「セキュリティクリランス(SC=適性審査)」の導入を求めたのだ。日本ではなじみの薄いセキュリティクリアランスとは何かと言えば、国家機密などの重要情報を扱う人に対して、スパイに付け込まれる隙があるかないかをチェックするために、異性関係や借金などの個人情報を含めたバックグラウンド調査をすることだ。
要は、機密情報を扱う適性があるかどうかをチェックすることであり、先進国では多くの国がSCを導入している。本人だけとは限らず家族や親戚までの与信情報などが調べられるケースもあると言われる。
“スパイ天国”から脱却へ前進
かつて米国ではトランスジェンダー向けの人材紹介企業が中国資本に買収されそうになった際に政府がそれを中止させたことがある。なぜなら政府要人や官僚にはトランスジェンダーが少なからずいるため、そうした機微な個人情報が中国に漏れることを阻止するためだった、と言われる。
日本の多くのメディアが世界情勢を直視しないまま、平和ボケ的かつ妄信的に個人情報の保護を声高に叫んでいることも影響し、自衛隊幹部の妻に中国人がいることに違和感すら覚えないお国柄になってしまったが、世界の常識は、他国スパイから自国の国益を守るために防衛策を導入しているのである。
SCの制度を入れた国でもスパイに侵入されるのだから、防衛策の無い日本はこれまでスパイにとっては「楽園」だったと言えるだろう。
今回の経済安全保障推進法案の中にSCの導入が盛り込まれていないのは、法案をまず通すことを優先し、野党やメディアの多くが反対すると見られるSCの導入を敢えて外して法案成立後に徐々に検討していく流れだろう、と筆者はにらんでいた。その目論見は見事に外れ、野党自らがSCの導入を求めたのである。しかも対象は公務員だけとは限らず、民間人にまで踏み込んでいる。
これで一気に日本もSC導入の機運が高まり、スパイを排除するための最低限の制度ができることを期待する。4月初めには中国が南太平洋のソロモン諸島と安全保障協定を結んだことを見ても分かるように、中国の太平洋への「野望」が、日本の安全保障上の現実的な課題として大きくのしかかってくる状態は避けられないだろう。
SC不備で同盟国との情報共有に限界
日本独自の防衛費を増やしていくことも重要だが、同盟国の米国を軸にしてオーストラリアなどとも連携しながら安全保障対策を講じていくことも安保の実効性を高めるためには欠かせない。米国、英国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの「ファイブアイズ」は安全保障に関する機微情報を共有し合っているが、その前提として、この5か国にはSCの制度がある。
機微情報を共有し合えるように情報漏洩を防ぐための制度があるのだ。しかし、日本にはSCの制度がないので、機微情報が共有できなかった。
ロシアのウクライナへの侵略行為は日本にとっても他人事ではないはずだ。煽る訳ではないが、北海道がロシアのターゲットにされても全く不思議ではない国際情勢の中に日本はいるのだ。日本政府の情報収集力だけではロシアの動きは完全に把握できないから情報収集面での友好国との協力は不可欠であり、そのために日本にもSCは必要だ。
SC導入の機運だけに限らず、やっと日本はスパイ対策に敏感になりつつある。たとえば、外為法の運用が今年5月から変更され、「みなし輸出」の管理が強化される。具体的には、これまで適用対象外であった6か月以上の国内居住者であっても、外国の影響下にある人物に重要技術を提供する場合には経産大臣の許可が必要になるのだ。
また、昨年12月には学術分野でも外国政府から研究資金などを得る場合に、どこから資金を得ているのか、報告を義務化し、その報告に虚偽があったらペナルティーを科すようにガイドラインが改正され、留学生、海外研究者の受け入れ審査についても強化されている。