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長年にわたり中国のデュアルユース(軍民両用)技術等に関する研究・情報収集を行ってきた風間武彦さん(株式会社 産政総合研究機構代表)に、中国側の技術レベルや社会の仕組み、あるいは「軍民融合」などの国家戦略を聞くインタビューシリーズ。最終回は、経済安全保障における技術そのものの管理の重要性や、日本側に足りない「攻めの発想」について解説します。

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経済安全保障の「盲点」とは

――「経済安全保障」を機能させるには、自国の技術はもちろん、相手の技術力に対する理解も必要ですね。やみくもに規制をかけても自国の産業をつぶすことになりかねません。

【風間】何をどこまで、どの程度規制するかは、丁寧な議論と腑分けが必要だと思います。

例えばかつて、北朝鮮の無人機に日本製のカメラが使われた、と報じられたことがありました。しかしマスマーケット品の転用は、基本的に防ぐことはできません。仮に日本から北朝鮮への直輸入は止めたとしても、北朝鮮と交流している第三国からいくらでも入手できますし、特別なルートは必要ありませんから。こういうものまで無理に防ごうとする必要はないでしょう。

また、規制の問題で難しいのは、やはり技術が規制の先を行っていること。規制が追い付かないという問題は常にあります。例えば金属積層造形技術などの3Dプリンタ関連技術は、国際レジームで規制がかかる前に欧米から中国に行き渡ってしまい、中国でどんどんニーズを吸い上げて飛躍的に伸びている分野です。戦闘機の部品を3Dプリンタで作るなど、軍事にも利用しています。新興技術、エマージングテクノロジーに関しては、どうしても規制が追い付きませんので、この点は逆に企業が自主管理で輸出するかしないかを決めるしかありません。

機械を出すか、技術を出すか

――日本では3Dプリンタを軍事部品生産に使おうという発想はなかった。しかし相手次第でリスクになり得るということですね。

風間 武彦(かざま たけひこ)㈱産政総合研究機構代表取締役。早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了。工学修士(資源工学)。㈱三和総合研究所(現・三菱UFJリサーチ&コンサルティング)、㈱アイ・イー・エージャパン、(一財)安全保障貿易情報センターなどを経て現職。主著に『対中国輸出管理-軍民融合の進展とリスク評価』(産政総合研究機構)、『中国ビジネスに潜む軍事転用・拡散リスク』(安全保障貿易情報センター)など、共著に「輸出管理: 制度と実践」(有信堂高文社)などがある。

【風間】はい。輸出相手に加え、製品と技術を分けて考える必要もあります。例えばミサイルと工作機械、どちらが輸出したら危険かと聞かれれば、普通はミサイルだと答えると思います。

しかしミサイル1発を輸出しても、リスクは「ミサイル1発分」。しかし工作機械を輸出して、ミサイルを1万発作れるとなれば、リスクは1万倍になります。ただし、工作機械を使いこなせない国に輸出しても、何のリスクにもなりません。

また、工作機械を作る技術がなければ、その機械が壊れたらおしまいですが、もし作る技術まで持ってしまえば、半永久的にミサイルを作り続けることができるようになる。

これまでの輸出管理は、どうしても製品中心になりがちでした。今後はこの「技術」そのものの管理をより厳密化する必要があるでしょう。

――まさに「敵を知り、己を知る」、そのうえで技術とは何か、まで理解しなければならないんですね。

【風間】さらに言えば、「経済安全保障」には、守りの部分と攻めの部分がありますが、日本の議論はどちらかというと、守りの面が強く打ち出されています。「日本の持っているものが、日本を脅かすことに使われないように」という視点です。ただ、「どんな情報を出したら、どれくらいのリスクにつながるのか」と言った評価や分析はまだほとんど進んでいないので、この部分はもう少しきちんと精査しなければなりません。

もう一つは攻めの部分ですね。技術覇権というときに、むしろ日本からある製品をどんどん出して、中国市場を席巻し、中国企業の追随を許さないところまで成長させることで、日本の安全保障にプラスに作用させる、という手もあります。

「日本がいないと困る」技術をどう生み出していくか(imaginima /iStock)

戦う相手は「全方位」

――自民党の「『経済安全保障戦略』提言」が言うところの「戦略的不可欠性」ですね。「日本がいないと困る」と思わせるような、日本の製品に依存させる状況を作り出すべきだと。

【風間】日本が強くなりすぎると、1980年代の日米半導体摩擦のように、アメリカに警戒されて圧力をかけられる懸念がありますので、そこは注意しなければならないのですが。

かつて日本企業は太陽光発電(太陽電池)市場をほぼ独占していましたが、その後中国にみんな持って行かれてしまいました。「価格競争で負けたのでは」という声もありますが、技術が流出しなければ、競争すら起きなかったわけです。

相手に技術が蓄積し、こちらがやせ細ってしまえば、もう一度その産業を勃興させようとしても、かなり難しい。過去に起きた事例に学びながら、日本に残っている優秀な技術を使って、いかに各国と戦っていくかを考えなければなりません。その時、戦う相手は中国だけではなく、アメリカや欧州を含めた全方位です。

どの国だって「自国ファースト」

――単にアメリカと協調していれば安心だ、というわけではない。それは安全保障でも同じですね……。

【風間】「経済安全保障」議論の現在の流れを見る限り、アメリカから突かれる形で話が進んでいますが、もう少し大所高所に立って、全体を見渡して考えなければなりません。「もしアメリカが日本の後ろ盾ではなかったら」ということまで含めて考える必要があるはずですが、そういう議論がどうも少ないように感じます。

トランプ前大統領が「アメリカファースト」と言って話題になりましたが、アメリカはこれまでもこれからも、いつだって「アメリカファースト」ですし、中国も、欧州も、どの国もみんな当然に「自国ファースト」です。その中で日本だけが「日本ファースト」を考えず、右往左往していると割を食ってしまう

国際社会の流れを追うことはもちろんですが、「どこからも批判されないように」などという後ろ向きな姿勢で方針を決めてしまうのではなく、国益を考えたうえで戦略を立てていかなければなりません。その過程で、「経済安全保障とは何か」を国は国民に丁寧に説明し、企業も自社の製品や他国との関係について、国や国民に積極的に情報提供していく必要があるでしょう。(終わり)