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「伝説の名車」と呼ばれるクルマがある。時の流れとともに、その真の姿は徐々に曖昧になり、靄(もや)がかかって実像が見えにくくなる。ゆえに伝説は、より伝説と化していく。

 そんな伝説の名車の真実と、現在のありようを明らかにしていくのが、この連載の目的だ。ベテラン自動車評論家の清水草一が、往時の体験を振り返りながら、その魅力を語る。

文/清水草一
写真/ダイハツ、フォッケウルフ

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■軽自動車肥大化の時代に登場したシンプルモデル

 販売的にはやや不振で、一代限りで消滅したが、2005年に登場したダイハツ・エッセは、名車と呼ぶのにふさわしい軽自動車だった。当時すでに国内の自動車市場は飽和状態で、伸びているのは輸入車と軽自動車だけ、という二極化が進行していた。そんななか登場したのが、最軽量・最廉価のエッセだった。

2005年12月に発売されたエッセ。「経済性と扱いやすさ」をテーマに開発された

 それまでの軽は、意外なほど燃費が悪かった。ワゴンRに始まったトールワゴンブームによって、車両重量は増加の一途をたどったが、排気量が660㏄に制限されてるので、ノンターボだとエンジンをブン回さないと走らず、かえって効率が落ちるという悪循環に陥っていたのだ。

 リッターカークラスに比べると、パワーはないし燃費は悪い。美点はコンパクトさ、税金や保険料の安さ、加えて地方では車庫証明がいらないという手軽さのみ。個人的には、当時の軽自動車を、「軽優遇政策が作り出したいびつなクルマ」と見なしていた。

 しかしエッセは、走りに関する不満を、ほぼすべて解消していた。「シンプルを極めた」という謳い文句通り、いらない装備はすべて捨て、68万2500円からという激安価格を実現。最近ではスズキのアルト「A」が、100万円を切る価格で「軽の原点に返ったモデル」と言われているが、17年前のエッセもまさにそれだった。

■スーパーカー以上の幻の名車!?

 車両重量700~780kg。そしてエンジンは新開発のロングストロークタイプ「KF-VE型」(ノンターボ)。最高出力は58ps/7200rpm。最大トルクは6.6kgm/4000rpm。この数値、それまでのダイハツの軽エンジン(EF-VE型)とほとんど変わらないが、実際のフィーリングはまったく違っていた。

 最大の違いは、ボア×ストロークだった。以前のEF-VE型が68.0mm×60.5mmのショートストロークタイプだったのに対して、エッセのKF-VE型は63.0mm×70.4mm。低い回転でもトルクがあり、車体の軽さと相まって、日常域の動力性能が段違いだったのだ。

「シンプル&スマート」をキーワードに飽きのこないスタイリングを実現

 エッセはルックスも光っていた。シンプルな台形フォルムは大地を踏ん張る安定感があり、どこかルノー5を思わせた。安いから貧乏くさいかと思ったら正反対で、すがすがしくてかえってオシャレさんだった。自動車専門誌のマニアたちも、「イタリアの小型車っぽい」と、こぞってエッセを絶賛した。

 ただ、発売当初は、最廉価グレードの「ECO」を除いて、ミッションはトルコンの3速ATか4速AT。私は「5速MTのECOに乗ってみたい!」と切望したが、純ビジネスユースモデルにつき、広報車の用意があるはずはなく、ディーラーにも試乗車はない。つまり、モータージャーナリストであっても、買わないかぎりまず乗ることのできない、スーパーカー以上の幻の名車(当時そう推測)だったのだ。当時エッセECOは、新車で買えるクルマの中で最軽量、最廉価という勲章もあり、ある意味自動車界の一方の頂点に立つスターだった。

■購入して分かった「フェラーリ的」な部分!

 それから約1年半後。私はその幻の名車を、中古で手に入れた。友人が、私がいろいろな雑誌でエッセを絶賛しつつ、ECOへの憧れを綴っていたのを読み、ズバリ「エッセECO」(5速MT)を買ったのである。

 彼は性能的には満足したが、オレンジ色のエッセは都内で周囲のクルマにナメられまくり、人間不信に陥りそうになったということで、「もう手放すけど、買う?」と打診が来たのである。走行距離わずか2200キロ、4カ月落ちでたった45万円。しかもオプションの電動格納ドアミラーとCDオーディオ付き。新車価格は68万2500円なれど、支払い総額は90万円近かったはず。涙が出るほど安い買い物だった。

筆者が手に入れたエッセ エコ。5速MTでボディカラーはオレンジだった

 感動の初走行の第一印象は、「ミッションが渋い……」だった。特に1速の入りが悪い。ダイハツはもうMTなんてほとんど作っていなかったので、きっとかなり昔に開発したミッションを、そのまま使ったのだろう。思えば、私が愛するフェラーリも、ミッションの入りはシブいし固い。「つまりこれはフェラーリ的なのだ」と解釈することにした。さすが世界の頂点同士である。

 その一方で、エンジンは素晴らしかった。これまたフェラーリ的である。スバラシイのはトップパワーではなく低中速トルクだが、MTで味わうKVエンジンの低速トルクは、想像通りとてもステキだった(660㏄ノンターボとしては)。なにしろアイドリング発進ができたのだ。それまでの軽は、「ウィ~~~~~ン」という安っぽい音とともに、やっとこ発進するイメージだったから、その差は大きかった。

 逆にハンドリングは、あまりの初期ゲインの低さ、つまりステアリングの反応の鈍さに、改めて驚いた。ダイハツとしては、エッセをスポーティに仕上げようという意図はゼロ。地を這う実用車として開発したため、可能な限りダルな、つまり急ハンドルを切っても何も起きないセッティングに仕上げたのだ。こちらとしては、軽量・トルクフルなクルマゆえ、スポーティという感覚があったので、あまりにもスローなステアリングギアレシオに、ある意味ズッコケた。

 その点を除けば、エッセは素晴らしいクルマだった。当時私は、さまざまな媒体で愛車を自慢した。「自動車趣味としてはフェラーリが頂点であり、実用車としてはダイハツの軽が頂点。その両車の組み合わせこそ、究極のカーライフと言えるのではないでしょうか!!」とか、「貧乏臭いエンジン音とも無縁。パワフルで高速巡航も問題なし、どんなに狭いコインパーキングにもラクラク入れられて最高」とか、「安くて、20km/L走って、首都高でも無敵」とか、「余計な装備が一切ないところは、イタリアの大衆車的でオシャレ。解脱の境地に達した、孤高のクルマ趣味人におすすめしたい」といった具合である。

 しばらくすると、あまりにも簡素な装備に、不満が高まり、タコメーターと、後付けの激安集中ドアロック(前席だけ)を装備したが、それもまたカーマニア的なヨロコビだった。その頃はすでに、エッセはカーマニア人気の盛り上がりによって、5速MTモデルが拡充されていた。充実した装備を持つ「カスタム」の5速MTは、マニアの間で密かな人気モデルとなった。

 前述のように、エッセは一代限りで絶版となり、ミライースへとバトンタッチした。エッセがおおむねマニア受けだったのに対して、ミライースはリーマンショック不況の中、「第三のエコカー」として大々的に売り出され、かなりの販売実績を上げた。しかし今、マニアの間で語り継がれているのは、ミライースではなくエッセのほうだ。時の流れは、クルマの本当の価値を浮き上がらせるのである。

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