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ロシアのウクライナ侵攻に伴って、アメリカを始めとする世界の主要国は2月26日、国際決済ネットワークのSWIFT(国際銀行間通信協会)からロシアの銀行の排除を決定した。この制裁措置では、エネルギー関係の決済は除外されるが、大変厳しい経済制裁であることは間違いない。

バイデンも認める制裁の「限界」

ここに至るまで、最初の制裁措置発表から5日あまりを要し、制裁措置を徐々に厳しいものにしていったため、その過程では当初バイデン大統領が「速やかに厳しいコスト(swift and severe cost」」をロシアに負わせると言っていたことは違うとか、措置を小出しにしているという批判もあった。しかし、最終的に5日間でこれほどの厳しい制裁措置をまとめ上げたのだから、一応発言通りの制裁を科したと言えるだろう。

経済制裁を受け、ロシア最大の経済団体首脳と対策を協議するプーチン氏(2日、ツイッターより)

ただし、ロシアの侵攻をすぐに止めさせるという点では、経済制裁に即時抑制効果はなかった。実は、そのことをバイデン大統領自身が認めている。24日の制裁措置決定後の記者会見でCNNの記者が、制裁は抑止力になっていないのではないかと質問したのに対して、バイデン大統領は「制裁の効果を次第に彼(プーチン)もわかり始めるだろう」と答えたため、記者がさらに、今こうして話をしている間にもプーチンはウクライナを攻撃しているが、どうやってプーチンを翻意させるのかと追及したところ、バイデン大統領は「制裁が彼の国をひどく弱体化させるので、彼は二流国家への道を歩み続けるか、(我々の要求に)応じるかの非常に難しい選択をしなくてはならないだろう」と答えた(2022年2月24日付ホワイトハウスSPEECHES AND REMARKSより、筆者訳)。

これはつまり、バイデン大統領は経済制裁にロシアの侵攻を止める即効性はないと言っているに等しい。しかし、それではアメリカやNATOが直接の武力支援を控えている中で、ただひとりロシア軍に立ち向かっているウクライナ国民がかわいそう過ぎる。

だが、かわいそうなのはウクライナ国民だけではない。これから欧州をはじめ世界中が経済制裁の跳ね返りで大変になる。前回の記事でも述べたようにSWIFTからのロシアの銀行の排除は、ロシアにとってだけでなく、世界経済にとっても劇薬なのだ。もちろんこれは自由と民主主義を守るために必要なことだが、我々はその覚悟をしておく必要がある。

SWIFT排除、紆余曲折した理由

今回SWIFTからロシアの銀行を排除することを決定するにあたっては、ドイツ、イタリア、オーストリア、ハンガリーなどの欧州諸国が強い難色を示したために、アメリカは24日発表の制裁措置ではSWIFTのことを盛り込めず、その後関係国と調整してエネルギー関連の決済は制裁対象から外すことでやっと26日にSWIFTからのロシアの銀行の排除を盛り込むに至ったと伝えられている。

経済制裁発動直後、モスクワの銀行前にはATM待ちの行列が(写真:AFP/アフロ)

欧州諸国が抵抗するのは当然で、例えばドイツは輸入する原油の31.5%(EIAデータ、2019年)をロシアに依存しているし、天然ガスもロシアがオランダ、ノルウェーとともにドイツにとって最大の輸入元だ。もしロシアがSWIFT排除のせいで代金を受け取れずにこれらの供給を止めると、ドイツの企業も家計も極めて厳しい状況に陥る。

今回の措置ではエネルギー関連の決済は対象から外すことでアメリカはドイツの同意を取り付けたようだが、実際にうまく効率的に他の資金決済と分別できるかやってみないとわからないし、ロシアの多くの銀行がドルやユーロの取引から締め出されている中で、ロシア側の代金受取口座をどこに置くかなど、問題点は多い。

また、イタリアの銀行はフランスと並んで約250億ドル(約3兆円、BISデータ、2021年第3四半期末)もの対ロ債権を持っており、オーストリアの銀行も約170億ドル(約2兆円、同左)の大口債権者だが、ロシアからの元利払いが止まると債権が焦げ付く恐れがあるので、巨額の引当金を積む必要が生じ、銀行の屋台骨が揺らぐ。

世界的物価高、跳ね返りはこれから

欧州諸国だけでなく、制裁の影響ですでに世界のLNGや原油価格は急騰しており、これは世界中の電気・ガス代、自動車のガソリン、トラックの軽油、船舶の重油、航空機のケロシンの価格に跳ね返って、企業や家計の資金繰りを圧迫し、上昇中の物価をさらに上昇させる。

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さらに、ロシアが世界最大の輸出国のパラジウムは自動車の排気ガス浄化触媒として使われているし、自動車部品に欠かせないアルミもロシアは世界有数の輸出国だから、制裁は自動車産業に大きな影響を及ぼす。

また、半導体チップに回路を刻むレーザー装置に使われるネオンは、ロシアとウクライナが世界的な産地なのでこれが輸出されなくなると、半導体不足が今後も継続し、価格も高騰するだろう。

もっと身近なところで言えば、ロシアは小麦の世界最大の輸出国だが、小麦の輸出が止まると世界の小麦粉、パン、パスタ、ケーキの価格が上昇する。すでに小麦の商品相場は急騰している。また、ロシア産のタラバガニやサケが入らなくなり、スーパーの棚から消えるだろう。

ロシア経済制裁の跳ね返りはこれからが本番で、次第に厳しさが感じられるようになるだろう。