元F1ドライバーにして、世界耐久選手権(WEC)王者にも輝いた中嶋一貴選手。その華麗なるレーシングキャリアからの勇退が発表され、現在はTOYOTA GAZOO RACING EUROPE(TGR-E)の副会長を務めてる。
「副会長」といえばかなりの職権もありそうだし、中嶋氏の実績から言っても相応のポジションとは思う。しかしそうはいってもいったい日頃なにをしているのかはなかなかメディアには明るみに出てこないのも事実だ。
ベストカーWebとしてはモヤモヤしていたこともあり直接取材を申請してみたところなんとオンラインでご本人との直接取材が実現。F1ドライバーの頃から中嶋一貴選手を取材しているジャーナリスト段純恵氏が徹底取材した。
文/段 純恵、写真/TOYOTA GAZOO Racing
■WRCにも帯同するなどフィールドを広げる副会長
TGR-E副会長とはなんぞや? ですか。改めて問われると、僕自身『なんなんでしょうね?』となってしまいます(笑)。
ケルンのTGR-Eには1月17日に着任しました。こちらへ来るのにあたり受けた課題は、TGR-Eをもっと良い方向にしていくために僕なりの目線で気づくところはどんどん指摘する、ということです。現地で生で見たことを特に日本にいる人たちに聞かせてほしいということですね。
あとは日本の若手がWECやラリーで世界を目指せる環境を作っていくために、僕の目線で気になるところをチーム内で指摘しつつ、人と人をうまくつなぐ役割ができればいいかなと考えています。
ラリーについて、技術的なことで僕がどうこう言う部分はありません。
ただ実際モンテカルロラリーに行って初めてチーム側の人間としてフルで見ると、ラリーにはWECと違う難しさやチームに求められる動き方があって、フィンランドのチーム側とケルンのTGR-E側で互いに摺り合わせが必要な部分があるように思いました。
難しい部分もあるでしょうが、現場で必要なことをできるだけ会社にフィードバックしチームをサポートすることも僕の役割のひとつだと思っています。
いまはどうしても『副会長』という肩書きだけが一人歩きしていますが、便利屋じゃないけど、いろんなところに顔を出して話を聞く、それを他の人につなげていくことが現実的に僕ができるところです。
MBA(経済学修士)獲得までは期待しないでいただくほうが良いですが(笑)、経済や会社の経営を知らないと話に加われない場面も今後絶対に出てくる。
そのための勉強も取りかからないといけませんが、まずは出来ることをひとつひとつやっていかないと。それがまず僕に期待されている部分でもあるでしょうから。
とにかくどんどんどんどん積極的に動き回っていきたいです。WECはいま将来にむけてカテゴリーをどのようにしていくのかという話を始めるタイミングにあります。
FIA、ACOでも実際そういう動きが出始めていて、トヨタにとってもとても大事な時期にある。技術的なことはもちろん、持続的にファンの皆さんに楽しんでもらえるレースを続けていくためにどうするかを話し合っていく。
そこにTGR-Eをふくめたトヨタとしてどんどん関わっていこう、ヨーロッパだけでなく日本からも話し合いに加わり、協調しながら進めていこうという情況です。
■中嶋一貴が見据えるクリーンエネルギーレーシングカー
2025年からル・マンで始まる水素クラスについてトヨタがどう見ているか? そのあたりはご想像にお任せします。まぁ世の中に出ている情報を見ていただければ、というところかな(笑)。
それはさておき、昨年からハイパーカーになって、LMP1時代に比べればハイブリッドの活用の幅はルール的に少し狭まった部分はあります。でも現実的に世の中の自動車の選択肢として、やはりハイブリッドはまだまだ活用されていくと思います。
トヨタはパワートレインやエネルギー源をひとつに絞るのではなく、できる限りたくさんの選択肢を提供し、それを試し、幅広いニーズに対応しようとしている。
レーシングカーの開発を通してハイブリッド技術を鍛えるチャンスはまだまだあるし、それを市販車にフィードバックして良いクルマを作っていかなければいけない。トヨタがWECでハイパーカーを選んでいる理由は、そこに強い意義がありますし、その窓口でもあるTGR-Eの役割はとても大きいと思います。
もちろん利害関係も絡んできて、人間関係だけでは対処できない場面も多々あるでしょう。それでもオープンな気持ちで話をできるような環境を築いていくことが、僕の仕事の最初のステップだと思っています。
チーム代表の(小林)可夢偉との役割分担について、チームの強化は可夢偉の領域です。彼はドライバーとして走ることも多いので僕がフォローする場面もあるかもしれませんが、基本的に裏からいろいろ見て気になった点を拾い上げつなげていくのが僕の役割ですね。
レースは結果を出すことが第一で、そのために何が必要かをチーム全体で共有することが重要です。今季のプジョーだけでなく、来季からはライバルがドサっと来る。来季にむけて最大限準備をしていくこともミッションの一つです。
勝つためのハードルは何段も上がりますが、ある意味それは僕らが求めていたものでもある。ライバル達と一緒にレースを盛り上げていければと思っています。
■引退後の新しいチャレンジは大歓迎
現役で走っている頃から乗れるだけ乗って辞めた後どうするか、ハッキリしたイメージは持っていませんでしたが、この選択肢をいただいて考えました。自分は育成ドライバーとして世界を目指せる環境で育ててもらって、自分が持っている以上のものを引き出してもらい、それで現在がある。
いま日本の若者が海外で経験を積む機会はあまり多いとは言えない情況で、その機会があるとないとでは若者にとっても業界にとっても大きな違いがある。それなら自分にできることをやりたい、WECのチームには愛着があるし、WECというレース自体がもっと良い形で続けていけるような手助けもしたい。
湧き上がってきたそんな思いとコロナによる情況を考えあわせ最終的に自分で決めた選択肢だったので、完全引退してとてもスッキリしました。
以来、仕事のことや会社のこと、知るべきことで頭がパンパン。それを消化するのにけっこう時間がかかって日々いっぱいいっぱいという感じです。大変なことは会社の人に助けてもらいながらで、一人では無理だろうなと思う部分もたくさんありますが、お陰様で充実した毎日を過ごしています。
新しいチャレンジはウェルカム。経済だけでなく世の中の情勢についてもできる限り勉強し吸収していこうと思いますが、ちょっと脳ミソが……(笑)。まぁ人生はまだまだ長い。身体だけでなく頭も頑張って動かしたいと思います(笑)。
【画像ギャラリー】現在TOYOTA GAZOO RACING EUROPEの副会長を務める中嶋一貴の現役ラストラン(12枚)画像ギャラリー投稿 よっ、副会長!! ル・マン王者勇退のなぜ!? 中嶋一貴のチーム運営に携わる本音を直撃 は 自動車情報誌「ベストカー」 に最初に表示されました。