東京都町田市で小学6年の女子児童が自殺した問題の取材に際し、講談社の写真週刊誌「フライデー」が取材先の東京都渋谷区とトラブルを起こしていた問題で、同誌は4日発売号でその取材成果を見せたが、内容は悪質極まりない虚報とミスリードだらけの噴飯ものになっている。
遺書を「独占入手」!?
女児の自殺を巡っては、町田市教育が設置した「いじめ対策委員会」が昨年10月に提出した「重大事態調査経過報告書」で、いじめ以外にも原因があった可能性を指摘しており、児童相談所が女児の家庭について調査対象にしていたことも窺える。
また、サキシル編集部が取材で入手した女児の遺書には、いじめを受けていたという告白のほかに、家庭内で深刻な悩みを抱えていたことも綴られており、報告書と遺書を丁寧に読む限りは、どちらか特定の要因だと決めつけるには難しく、現時点では、少なくとも複雑に絡み合っていた可能性があるとしか言いようがない。
この日発売されたフライデーは、女児の通学先の校長が渋谷区の教育長に就任した経緯を議会で詰問している渋谷区議が情報公開で入手したものをもととしている。見出しも遺書を「独占入手!」と派手な見出しをつけているが、まずこれは明らかな「フェイク」だ。そもそも本サイトは2月10日の時点で遺書の中身を既報しており、一方で、フライデーは情報公開請求して手に入れた区議の遺書を拝借したものに過ぎず独占入手ではない。
(なお、記事の見出し全体は『独占入手!町田タブレットいじめ自殺事件 小6女児が残した「遺書」の中身』)
向こうは天下の有名週刊誌、こちらは昨年創刊したばかりの無名ネットメディアだから、知らなかったと言い逃れできるかもしれないが、取材を担当した現場記者の岩崎大輔氏は50歳近く(1973年生まれ)、週刊誌記者としては最長老のベテランのはずだ。編集部の岡田大雅氏ともども、すでに町田市や渋谷区、関係者に対して取材を重ねている形跡は我々も掴んでおり、こちらの報道の動きは知らなかったようには思えない。
遺書入手も「切り取り」報道
もっと言えば、昨年9月、女児の遺族による文科省での記者会見から「洪水」のような「いじめが原因だった」報道が出た後、新聞、テレビなどの記者クラブメディア、そして週刊文春、プレジデントオンラインなど週刊誌系メディアがなぜここにきて静観しているのか。それらのメディアの記者たち全てとは言わないが、遺書の内容を独自の取材で実は把握しているからだ。
岩崎氏くらいのベテランで、「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」幹事を務めた経験のある岡田氏のような“業界の重鎮”であれば、そういった裏事情を断片的にも知れるはず。そもそも記事で遺書の内容を把握している「全国紙記者」に取材をして記事にも載せており、この見出しが「大見得」だと自白しているようなものだ。自分たちが独占入手したと「大見得」を切るのは、あなたたちが見下しているであろう三流のネットメディアとやっていることと大差ない。
入口でこの状況なので、本題は推して知るべし。案の定、取材した区議らの“ストーリー”に乗っかって、女児の死因もいじめにあったと限定しているが、家庭内の問題については、全国紙記者の「遺書には、一部家族への不満を漏らしているような箇所がある」とのコメントで紹介しているもののなぜかスルー。岡田、岩崎両氏らは渋谷区への取材で「ICT 教育がいじめの温床になった思う」という趣旨の当て方をしており、記事の大半を“タブレットを温床にしたいじめが女児を自死させた”ストーリーに費やしている。
取材した2人は教育の専門家なの?
なぜここまで一つの話に切り取って固執するのか。遺書を読んでいた情報源の全国紙記者もやたらにそのようだが、①遺書を精読できていない、②ネタもとの区議から遺書を一部しか提示されなかった--などの可能性が考えられる。
しかし、それであっても両氏は前述の町田市教委設置の第三者委員会による「経過報告書」を読み込めば、児相が動いていたこともわかるはずで、そこを読むだけでもこの問題は単純な話ではない。東京都教育委員会も文科省も「筋の悪い案件」(関係者)と身構えるほどの案件だ。それでも物おじしないのは、かつて大物コメディアンと弟子たちに殴り込まれても毅然としていた名物週刊誌のDNAと伝説を受け継ぐだけある。
いじめの問題は指摘するにしても、1人の女児が自死するという痛ましい結果に複数の要因が浮き彫りになっているのであれば、特定方向に世論をリードするだけのよほどの自信があるとしか思えない。
ところが、少なくとも岩崎氏は過去の著作タイトルを見る限りは、政治やスポーツが専門であって、子どもの問題はそうではないと思われる。岡田氏は編集者だが、こちらで講談社の関係者を取材している限りはそういう話は聞かれない。それでもなお、事実認定するだけの見識を持ち合わせているのであろうか。
当事者に負い目を強いるリスクは?
仮に複数の原因があった場合でも、いじめの話だけを追及することで、女児とトラブルがあった児童に対して過剰な責任感を植え付けて追い込んでもいいというのだろうか。なお、「経過報告書」では、女児といじめた側は、自死する前の数か月は、手を繋いで帰る姿が目撃されるなど関係性が比較的安定していた時期だったことも指摘している。
そういう中で、一つの原因を極大化する度胸など、天下のフライデー様で仕事をしている岡田氏、岩崎氏は見上げたものだとしか言いようがない。いずれにせよ、ネットメディアが先行報道し、他のメディアもすでに把握している遺書を「独占入手」とぶち上げる厚顔無恥ぶりは、昨今コンプライアンスがうるさくなった週刊誌界隈で天然記念物だ。
女児と同じ学校の児童の保護者の1人は、当時を振り返り「いじめに関する学校側の説明は上手くないと思ったが、やるべきことはやっていたと感じている」と証言。この保護者の子どもは、いじめの当事者ではなく比較的に冷静にみられる立場にあったようだが、文科省の記者会見以後、いじめの話が全面的に展開された経緯について「フェアではない」とも指摘している。当事者は女児の遺族だけではない。一つの結論をメディアとして出すにも、全体への目配りと入念な取材の上、行うべきと考えるが、講談社はそういうものではないらしい。
フライデーの本誌自体は往年より部数を落とし、影響力は限定的だが、来週以降、ネットに記事が配信され、ヤフーニュース経由でSNSに広がって児童や当時の同級生らの目にも触れるたとき、果たしてどのような影響があるのか。プラットフォームのヤフーニュース側も含めて見識が問われる段階になろうとしている。