世の中には「珍車」と呼ばれるクルマがある。名車と呼ばれてもおかしくない強烈な個性を持っていたものの、あまりにも個性がブッ飛びすぎていたがゆえに、「珍」に分類されることになったクルマだ。
そんなクルマたちを温故知新してみようじゃないか。ベテラン自動車評論家の清水草一が、往時の体験を振り返りながら、その魅力を語る尽くす当連載。第5回は、マーチの派生モデルでありながら数奇なモデルライフを送ったマイクラC+Cについて解説する。
文/清水草一
写真/日産
■なんだかサマにならなかったC+C
2007年、衝撃的なクルマがイギリスから逆輸入された。日産マイクラC+Cである。基本的には、3代目マーチのクーペカブリオレ(つまりC+C)に過ぎないので、「どこが衝撃的だったの?」と思われても仕方ないが、個人的にはウルトラ衝撃的なクルマだった。
デザインは、マーチをクーペカブリオレ化したらこうなるだろう、と言うしかない形で、特に衝撃はなかった。当時、欧州市場では、メタルトップを持つクーペカブリオレがちょっとしたブームで、それまでの幌屋根オープンカーが、続々とバリオルーフ化されていた。しかしメタルトップをそのままトランクに収納するためには、どうしてもルーフは短く、トランク部は長くなる。
BMW3シリーズやメルセデス・ベンツCクラスなど、最初からサイズに余裕のある贅沢なクーペならバランスが取れるが、ハッチバックをC+Cにすると、キャビンが異常に前にあるようなフォルムになり、カッコがつかなくなってしまう。その代表がプジョーのCCたちだった。207CCや308CCは、オープン状態なら問題ないが、ルーフを閉じるとぜんぜんサマにならなかった。
マイクラC+Cもその典型で、ルーフを閉じた状態だと、「どうしちゃったの?」と言いたくなるような形に見えた。それはそれで衝撃的と言えなくもないが、「ああ、やっぱり」という結末でもあった。C+C化によって、後席はかなり絶望的に狭くなっていた。よって定員は4名。プジョーのCCも同様だったし、それもまた当然の結末である。
■逆輸入したことは間違いだった?
このマイクラC+C、生産は、イギリスの日産サンダーランド工場のみ。ルーフはオープンカー製作で定評のあるドイツ・カルマン社との共同開発だった。
2005年、欧州向けの販売開始。エンジンは1.4L&1.6Lガソリンと1.5Lディーゼルの3種類が用意され、ミッションもMTとATが選べたことから見て、当時、彼の地では、C+Cモデルの販売がかなり好調だったことがうかがえる。
そのまま欧州向けモデルで終われば、私が衝撃を受けることはなかったわけだが、なぜか日産は、このクルマを日本に逆輸入することを決定した。そして2007年7月、1500台限定で日本への輸入が始まったのである。エンジンは、国内向けマーチには設定がなかった1.6L。ミッションはMTとATを選ぶことができた。そして車名も、マーチではなくその欧州名であるマイクラ(C+C)が採用された。
マーチは2代目にもカブリオレが存在したが、日本では鳴かず飛ばずで終わった。日本ではオープンカーは特殊なゼイタク品という認識だったから、国産コンパクトカーにオープンモデルを設定しても、初代シティカブリオレを除いて、ほとんど成功した試しがない。しかもこのマイクラC+C、逆輸入の経費が加わって、日本での価格は約250万円とかなり高価だった。
当時、マーチの最安グレード「コレット」なら、車両価格は約100万円。その2.5倍もするのだから、売れるはずがない。正直、「なぜまた同じ間違いを」と思ったものだ。
が、乗ってみて心底驚いた。シャシーの出来の良さがウルトラ衝撃だったのである。
■日本車の競争力の高さを実感!
3代目マーチは、個性的なデザインや天井の高さによる余裕のある居住性など、いろいろ美点はあるクルマだったが、シャシーは特によくはなかった。当時の国産コンパクトカーはおしなべてそんなもので、それより安さが重視されていた。
ところがマイクラC+Cは、走り出した瞬間からまったくの別物。ひと言で言うと、接地性が段違いだったのである。タイヤが路面をつかんで離さないのだ。これならどこまでも走って行ける! 欧州でレンタカーを借りた時、いつも思うあの感触があった。
足まわりは国内向けの通常モデルよりかなりスポーティで固めだったが、とにかくセッティングは欧州向けそのまま。つまり、アウトバーンを最高速(180km/hくらい?)で走り続けても、何の問題もないように作られていた。
実は、欧州向けのマイクラでアウトバーンを走った人から、「国内向けとまるで違って、200km/h近くで巡航できた」という話は聞いていたが、半信半疑だった。それが真実だったことを、まさかボディ剛性で劣るはずのオープンモデルで思い知らされるとは!
「日本車も、欧州向けはみんなこうなのか……!!」
これはあくまで推測である。なにしろ我々は、欧州向けの日本車に乗る機会がほとんどない。欧州のレンタカーには日本車のラインナップはないし、体験する機会がないから、日本への逆輸入車で知るしかない。
それまでも、三菱カリスマやトヨタのアベンシスで、欧州向けの日本車を体験する機会はあり、毎度そのシャシー性能に驚愕したが、マイクラC+Cのように、同じ車種(マーチ)が国内で販売されていたモデルはなかった。まさかマーチも、欧州ではこんな風だったとは!
「差別だ……」
正直、そんな思いも抱いたが、これは日本のニーズに合わせた結果であり、日産に罪はなかろう。逆に言うと私は、マイクラC+Cに乗ったことで、日本車の海外における競争力の高さを思い知ったのである。当時はまだ、日本車のシャシー性能は欧州車に比べるとはるかに劣るという認識だったが、実は作ろうと思えば全然作れたのだ。ただ日本には、そのニーズがなかった。
マイクラC+Cは、発売から3年後の2010年、限定1500台を売り切って、静かに販売戦線から姿を消した。たまに町で見かけても、相変わらずルーフを閉じたフォルムはヘンテコリンで、まったく魅力的には見えなかったが、私は常に尊敬の念を込めた視線を送り続けている。
中古市場では、現在、30台ほどが流通するのみになっている。価格帯は20万円台から130万円台と幅広い。国産マニアックモデルは軒並み高騰しているが、マイクラC+Cにはその気配はない。
が、フィガロがイギリスでブームになり、高騰した例もある。マイクラC+Cがブームになる可能性もゼロではないだろう。少なくとも私のように、そのシャシー性能に衝撃を受けたマニアは、確実に存在するのだから。
【画像ギャラリー】マイクラC+Cの衝撃的スタイリングを写真で見る!(10枚)画像ギャラリー投稿 まさかの超絶シャシー性能にたまげた!! 日産マイクラC+C【記憶に残る珍名車の実像】 は 自動車情報誌「ベストカー」 に最初に表示されました。