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 2022年は我が国に鉄道が誕生して150周年! そんな記念すべき年の今秋、九州に新しい新幹線が開業する。その名も「西九州新幹線」。列車名は現在も在来線特急として走る「かもめ」の名を継承する。開業まではまだしばし時間があるが、2022年1月上旬、この「西九州新幹線」に関連した「あるプロジェクト」が遂行された!

文、写真/村上悠太

【画像ギャラリー】新幹線が玄界灘を越えて深夜の町を走る!! 貴重な道中ショットを一気に見るにはこちら!!(21枚)画像ギャラリー

■新幹線車両運搬プロジェクトに異例の見学ツアー実施!!

 西九州新幹線を運行するJR九州では現在、2011年に全線開業した博多〜鹿児島中央を結ぶ「九州新幹線」が走っており、西九州新幹線は2本目の新幹線となる。開業は2022年秋を予定しており、武雄温泉〜長崎を結ぶ。

 福岡方面との接続は、現状佐賀県内の工事着工の見通しが立っておらず、博多〜武雄温泉間は在来線特急、武雄温泉〜長崎間は新幹線という「リレー形式」がとられた。接続駅となる武雄温泉駅では、在来線特急と新幹線が同一ホームで乗り換えができる「対面乗換方式」を採用。乗換えの手間はあるものの、この方式でも博多〜長崎間は既存の在来線特急ルートよりも最速で約30分速達化される見込みだ。

 新幹線の新規開業までには線路敷設やトンネル工事などたくさんの工事が行われるが、肝心の車両はどのように長崎へやってくるのだろう。新幹線の車両も自動車同様に国内に数社ある車両メーカーで製造され、現地に搬入されるのだが、そこは1両で約25mもある新幹線車両、その搬送のスケール感は半端ではない。

 今回、搬入された西九州新幹線向けの「N700S」車両は山口県下松市にある 「日立製作所 鉄道ビジネスユニット 笠戸事業所」で製造された。この車両がどのように長崎の地までやってきたのか、今回はその一部をご紹介しよう!

 工場で新造された鉄道車両は、線路経由かそのほかの手段で発注主の鉄道会社へ届けられる。この笠戸事業所からもJR山陽本線につながる線路があり、在来線車両であれば機関車に牽引されて線路経由で輸送されることが多い。しかし、在来線車両よりも幅、長さとも大きな新幹線車両の場合はこの方法で輸送ができず、船による海上航送と大型トレーラーによる陸送が行われる。

 今回の長崎への旅路もまず笠戸事業所から船で瀬戸内海、関門海峡、玄界灘を経由して、大村湾の川棚港に入港。その後、トレーラーに積み替えて国道205号を走り、西九州新幹線の基地である「大村車両基地」へ搬入するルートをたどった。通常では秘密裏に行われる車両搬送だが、なんと今回はその一部が「見学ツアー」として販売されるという前代未聞なツアーも敢行された。

JR九州グループが所有する高速船「QUEEN BEETLE」。こちらも水戸岡鋭治氏のデザイン
「QUEEN BEETLE」の船内。2クラス制でこちらは「スタンダードクラス」
船内にはキオスクがあり、軽食やビールなども販売

■玄界灘を越えてゆく新幹線車両!!

 実はJR九州という会社、他のJRに比べて鉄道の常識ではあまり考えられないような取り組みを数多くしてきた会社で、今では日本全国で走行している「観光列車」もJR九州がパイオニア的存在だ。1コース数十万という超豪華クルーズトレインもJR九州が初運行を行なっており、「前代未聞」という単語はJR九州ではむしろ聞き慣れた単語でもある。

 ちなみに今回、西九州新幹線向けに導入した「N700S」も実はすでに東海道・山陽新幹線で走行している車種ではあるものの、同車を予算や安全面などの規制が許す限りデザインを最大限カスタマイズ。同形式にはまるで見えないスタイリッシュなデザインとなっている。デザインはJR九州の車両デザインなどを多く手掛ける水戸岡鋭治氏が担当している。

 さて、今回催された「見学ツアー」だが、その会場は「海上」だったから奇抜だ。JR九州はグループ会社が博多〜釜山間で国際航路を運航しており、2020年には新造船「QUEEN BEETLE」が登場。が、世の中はコロナ禍ということで完成後、未だに釜山への就航は叶っていない。

 現在では博多港を拠点として時折遊覧航行が行われているが、今回もそれを活用して「QUEEN BEETLE」で玄界灘を航行する「N700S」かもめを見に行くというわけだ。こうしたクルーズツアーにも対応できる大型船を所有している、JR九州だからこそ実現したツアーとも言えるが、企画段階では若干の検討はされたものの「でも、面白そうだしやってみよう」と速やかにGOサインが出たというのもJR九州グループらしいエピソードだ。

海上をゆく「N700S」 不思議な光景にツアー参加者も夢中!
6両編成すべてを一度に航送する

 筆者もこれまで新幹線車両の搬送シーンは何度も見たことがあるが、こうして海上を行く最中の姿を目の当たりにしたのは初めての経験。博多港を出港し、40分程度で川棚港を目指して航行中の「N700S」かもめの白いボディが遠くに見えると、船内からは「見えた!」「いた!!」という声が至る所から聞こえる。

 当日は快晴だっただけでなく海上のコンディションも最高で、波の高さも1m程度と冬の玄界灘としては珍しいほど低波。何度も「N700S」の左右を再接近しながら往復し、存分にその貴重なシーンを見学することができた。

日本三大急潮の一つである針尾瀬戸を行く「N700S」かもめ。長崎の朝日に歓迎された
川棚港に到着後はしばし係留されて小休止

■深夜の街中を走る新幹線車両

「QUEEN BEETLE」での見学ツアーはここで終了だが、「N700S」かもめの旅路はまだまだ続く。その後も順調に航海を続け、翌朝には長崎県佐世保市の針尾瀬戸にかかる「西海橋」を通過。大村湾を進み、無事に航路の終点である川棚港に着岸した。

大型クレーン2台で慎重に船からトレーラーに移す、「水切り」作業
慎重に陸送用の台車を取り付ける

 着岸後は巨大クレーンで車体を吊り上げ、トレーラーへ。「N700S」かもめがついに初めて長崎の地を踏んだ瞬間だ。当日は川棚港で歓迎セレモニーが行われ、長崎に「新幹線が走る」ということへの期待感から多くの人が真っ白な新幹線を出迎えた。

歓迎セレモニーが行われた川棚港には多くの人が駆けつけた
子どもたちの目に「かもめ」はどのように映るのだろうか

 しかし、車両搬送はここから最後の山場を迎える。港から先は大型トレーラーによる陸送にて、大村の車両基地を目指す。陸送は周囲の交通量が減少する深夜に実施されるが、それでも巨大な新幹線車両が片側1車線、しかも湾沿いに走るカーブの多い国道205号を走るという非常にシビアな条件だ。車両後部に取り付けられたタイヤ付きの台車は、単体でも舵切りなどのコントロールが行えるようになっており、カーブでの旋回性を保っている。

陸送用のトレーラー
後方のタイヤ付き台車も個別に自在にコントロールできる構造

 深夜、ひっそりと静まり返った国道205号の沿道には底冷えする深夜にも関わらず、カメラを持った人々がその瞬間を待っていた。すると緑の回転灯をつけた車がやってきた。これは「誘導車」などと呼ばれ、後続する「新幹線」の搬送に支障がないかをあらかじめ確認し、必要に応じて交通整理を行う。時折、見学者の路上駐車が陸送に支障をきたすことがあるので、車で見学に向かう際は駐車場等をきちんと利用したい。

誘導車がやってきたらまもなく「本隊」がやってくる合図だ

 ほどなくして、一際光る車列がやってきた。待ち侘びたギャラリーの興奮も最高潮だ。大型トレーラーに牽かれて、「N700S」かもめが長崎県の国道に登場。これだけの大型貨物ということで、ゆっくりと最徐行で走ってくると思うかもしれないが、実は意外にも速いスピードで走行してくる。

巨大な新幹線が国道を行く!
片側1車線の道だと、このようにギリギリの幅。今回の陸送ルートは特に道幅が狭い

 ただ、その一方で交差点や歩道橋、立体交差などでは細心の注意を払いながら最徐行で通過していく。特にアンダーパスはあらかじめ計測されているとはいえ、新幹線の屋根などが擦らないか、思わずヒヤヒヤするハイライトシーンだ。

対向車などに細心の注意をはらいながら大村へ
巨体がカーブしていくシーンは圧巻
ギリギリのクリアランスで慎重にアンダーパスをクリア
大村車両基地の入口はまさに最後の関門。何度も切り返しながら搬入していく

「N700S」かもめは6両編成で、航送は6両全てが1度に、陸送は3両ずつ2回に分けて行われた。このようにして長い旅路を終えた「N700S」かもめは、無事にトラブルなく第1編成が全て大村車両基地に搬入された。西九州新幹線の開業時点では4編成が投入される予定なので、今後もまだこのようなシーンが見られるチャンスがあるかもしれない。

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