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 2022年春闘、ベースアップ(ベア)を含めた昇給と年間一時金(ボーナス)の両方について労働組合の要求に対して「満額」の回答を出したのはトヨタ、日産、ホンダ、マツダ、三菱の5社にのぼった。

 そんななかでもベア額が非公開になっていたトヨタが、公開されているボーナス額で6.9カ月と前年+0.9カ月としたことが印象的だ。そこで今回は、春闘で主要な各自動車メーカーがどのような給与水準になっているか、改めてまとめてみた!

文/福田俊之写真/AdobeStock、トヨタ、日産、ホンダ、マツダ、三菱、スズキ、スバル

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■トヨタは年間賞与額で6.9カ月の満額回答

「新しい資本主義」を掲げる岸田文雄首相の賃上げ要請を受けての2022年春闘。3%の賃上げを行った企業に法人税減税をご褒美として用意するという安倍政権以来の 「官製春闘」に日本の基幹産業と言われる自動車業界がどう応えるのかが大いに注目された。

 果たして、その結果は……雇われる側にとっては久しぶりにホクホク顔のようにも見受けられる。ベースアップ(ベア)を含めた昇給と年間一時金(ボーナス)の両方について労働組合の要求に対して「満額」の回答を出したのはトヨタ自動車、日産自動車、ホンダ、マツダ、三菱自動車の5社にのぼった。

 なかでも際立ったのは業界盟主のトヨタだ。2018年以降、ベア額の非公開に舵を切っていたうえ、今年から職制別に細分化して賃上げ要求を出すように改めたため、平均でいくら上がったかがわからなくなったが、数字がハッキリしていたのはボーナス。昨年の年間6ヵ月に0.9ヵ月上乗せして6.9ヵ月を要求し、それも満額の回答を得た。

 

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3%の賃上げを行った企業に法人税減税をご褒美として用意する。となれば、企業としても減税のためにも賃金アップしようということに取り組みやすくなる(denebola_h@ AdobeStock)

 昇給分と合わせた年収の伸び率は岸田政権が求める「3%」突破は確実とみられる。公表していないベアの額によっては法人税減税の幅がさらに大きくなる「4%」以上を超える可能性もあるようだ。

■トヨタの早期解答で、他企業も!?

 トヨタは春闘の集中回答日の3月16日より1週間も前の9日に妥結。これは日本の労使交渉では異例のことだったが、トヨタの「期日前満額回答」に同業他社も引っ張られる展開となったことも事実。

 回答状況を比べると、すべて満額の5社以外では、ボーナスのみ満額回答がスズキ、ダイハツ、いすゞの3社。昇給のみ満額回答がスバルで、燃費データの改ざん問題が発覚した日野自動車のみ昇給、ボーナスとも要求額に達しなかった。

 だが、これらの企業も満額ではなかったもののコロナの影響が大きい外食や旅行業などに比べれば高水準での回答だ。

 しかし、疑問なのは本当にこれでみんなハッピーと喜んでいいのだろうかということだ。

■できた流れは人材への先行投資傾向か

 賃上げ余力が最も大きかったのは言うまでもなく円安の追い風などで業績が絶好調とされるトヨタだが、同業他社は販売奨励金やリコール費用の減少などで見かけの利益が増えたホンダを含め、一様に爪に火を点すような努力を重ねて何とか利益を絞り出しているというのが実情だ。

 それらのメーカーの多くがトヨタと同様に満額回答を出したのは「トヨタさんに期日前に満額回答を出されたことで、賃上げ余力のあるなしにかかわらず限界まで出さなければいけないという雰囲気になってしまった」(自工会関係者)という声も聞かれる。

 労働者にとって給料が増えることは喜ばしい。確かに「満額」の今年だけを考えればそうかもしれないが、本当に大事なのは将来に渡ってこのトレンドを続けられるかどうかである。

 今回のトヨタの満額回答は、日本の給与デフレを率先して是正していく取り組みとしてポジティブに取り上げられているが、賃上げはあくまで利益を拡大したなかから生まれるものでなければ本物ではない。

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「従業員のモチベーションアップのために」賃上げを行った企業もあるとか(metamorworks@AdobeStock)

 トヨタにつられて満額回答したメーカーは建前として「従業員のモチベーションアップのために」を理由としており、利益を増やすための道筋が見えているかというと、そうでもないようだ。

 つまり、利益が出たから還元するというのではなく、「先に金を払うから利益を出せ」という「馬面にニンジン」のような期待を込めた「先行投資」にも思える。しかも賃上げで将来の成長のための資金が目減りし、企業の成長性が損なわれる危うさを感じなくもない。

■拡大する「メーカー間格差」

 何はともあれ「満額」が相次いだ今年の春闘だが、その中身を見ると、企業間格差はすでに拡大傾向だ。

 例えばトヨタは昨年の組合員平均年収(管理職以上を除いた一般従業員の年収)は858万円だったが、今年はボーナスが昨年の6カ月から6.9カ月になることもあって、テレワーク普及による残業代減少の影響が軽微であれば900万円の大台に乗る公算は大である。

 それに追いすがる業界2位のホンダ(平均798万円)は1カ月分のボーナスが上積みされて6カ月になる。ところが、賃金の高い中高年層を「ライフシフトプログラム」という転職支援制度を用意するなどして減らしつつあり、平均では800万円は超えるにしても、それほどのアップは望めそうもない。

 日産(796万円)も5.0カ月から5.2カ月へと微増するボーナスとベアを合わせれば残業代減少を押して800万円にリーチがかかる見通しだ。

■流行には乗らないスズキ

 4.7カ月から5.0カ月となるマツダ(628万円)、4.6カ月から5.0カ月となる三菱自動車(652万円)、昇給は勝ち取ったもののボーナスは前年と同じ5.2カ月にとどまるスバル(651万円)などは今年も700万円にも届かない見込みだ。

 残念ながら利益を拡大できる確固たるビジョンがないのに無理して賃上げをしても、これだけの差がついているのが現状だ。トヨタに従って「大盤振る舞い」を続けても、この格差は今後、むしろ拡大する恐れもある。

 その点、賢い判断をしたのはスズキ(665万円)かもしれない。売上高に占める製造原価の割合がトヨタより唯一低いという潜在的な収益基盤がありながら、トヨタにつられず満額回答を見送った。背伸びせず地道に利益を再拡大したほうが、結果的に従業員に厚く報いることにつながるかもしれないからだ。

■真の幸福とは何か?

 サラリーマンにとっては給料が高いに越したことはない。が、実際に働いている人たちに話を聞くと、必ずしも給料の多寡だけが幸福度を決定づけるわけではないことがわかる。それは企業風土の違いも微妙に影響する。

 トヨタの場合、日本の自動車メーカーでは収入は最も高いが、会社として何をやるかということについては経営トップの豊田章男社長の意思が絶対で、あとは役員から末端に至るまでそのビジョンを実現させるための駒という「三河武士」的な気質が強い。組織を利用して自分の夢を実現させたいという人には向かず、社風になじまない有能な人材が中途退職する例も少なくない。

 また、トヨタに次いで給与が高いホンダは、役員や管理職の権限が強すぎるうえに風通しも悪く、現場で建設的な意見が出ても軋轢を避けるために経営陣にまでのぼりにくい。それをストレスと感じる人にはこれまた不向きである。

 下位企業では収入への不満は当然それなりに出る。しかしながら、例えば、今回「満額」を示さなかったスズキの給料は低いが、お膝元の浜松市は政令指定都市のわりに物価が安く、生活費がそれほどかからない。

 一方、「働き方」については小規模メーカーらしく、従業員に任される仕事の範囲が広く、そこに面白味を見つける人も多い。実家が浜松という人材がより年収の高い非自動車分野からスズキに転職するというケースもある。郷土愛に満ちた社員が多いマツダやスバルにも似た傾向があることも見逃せない。

■流行の「高付加価値なビジネスモデル」に転換を

 岸田内閣が求める賃上げにとりあえず応えた格好の自動車業界だが、今回のような形での賃上げが本当によかったのかどうか、結論を出すには時期尚早だ。

 ただ、賃上げが需要を増大させるということが既成事実であるかのように語られているが、賃上げは企業が乏しい利益を削り飛ばして行うものではない。付加価値の高い商品をどんどん売り、そこで得た潤沢な利益から従業員に分配するのが本筋である。

 とどのつまり、トヨタを含め1990年代から今日まで賃金が上がらなかった最大の原因は薄利多売から高く売って大きく儲けられるようなビジネスモデルに転換できなかったことが背景にある。

 今年のように法人税減税はじめ政府から企業へのキャッシュバックがなくとも継続して賃上げを行えるかどうかは、経営者が「生き残り」などという目標ではなく、時代に即した新たな領域で潤沢な利益をもたらすような経営力を発揮できるかどうかにかかっていることは改めて言うまでもないだろう。


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