江戸の薫りを求めて、福山へ。
福山の市街地は東京周辺でも見るような光景と交通事情だったが、田尻あたりから瀬戸内海沿いを走るようになると雰囲気は一変する。交通量が減り始めるかわりに、地元の老人が運転する軽トラックが超マイペースで走っていて時間を食われたりする。歩道からはみ出すように歩く小学生の列にもハラハラする。でも、それはそれで楽しい。速度を上げずのんびり走ることになるから、すーっと走り過ぎてしまうような小さな集落や、ちょっとした海辺の変化に気づき、目を喜ばせてくれるからだ。
鞆の浦は想像した以上に小ぶりな街だった。起伏に富んでいて、道が狭い。ちょっと内側に入れば、Eクラスのワゴン程度であっても、角を曲がったり、対向車とすれ違ったりする時には気を遣う。それもまた楽しい。江戸時代の姿を色濃く残しているであろう空間に、現代の交通手段を持ち込んでアジャストさせるのは、ちょっと大げさに言えばタイムマシーンのようで心が躍った。そして、ジオラマの街にミニカーを走らせ、それを俯瞰で眺めているような気分にもなるのである。
そんなこんなで、楽しく右往左往しながら、なんとか港を見下ろす高台の駐車場にクルマを収めた。そこから船着き場周辺までは、迷路というかクロスワードパズルのように、細道が絡み合っている。そこをうろうろ彷徨うのが実に楽しいのである。
土産店でもらった観光マップには、そんな街の様子が散歩目線で丁寧に記されていた。それを片手に歩いていくのだが、角に立つたびにキョロキョロっとして、その先に広がる光景を確認しながら進む。近道ではなく、面白そうなルートを捜してマップと実景を見比べるのである。その結果、思いがけず近道を見つけたり、すでに通った道に意外な経路から再び出会ったり…。それがアップダウンを伴っているのだから楽しくないわけがない。
しかし結論から言うと、鞆の浦自体は、描いていたイメージと違う部分が散見され、「やっぱりねぇ…」という想いがほんの少し湧いたのだった。まぁ、今ではどこの観光地も、その街の歴史や薫りと合わないんじゃないかなぁ…と思えるような場違いの店や、インスタ映えを狙った急ごしらえの演出が現れたりして、軽井沢や竹下通りに見えてしまうことが少なくない。鞆の浦とて例外ではなく、仕方のないことだが、僅かだったが救いだ。
むしろ、「潮待ち」が万葉集に詠まれたとか、江戸の船着き場が残っているとか耳にして、京都の太秦や明治村のようなイメージを勝手に膨らませていた自分の短絡ぶりに呆れた。そう、勝手な片想いなのである。
……が、街の外れで、そんなモヤモヤを吹き飛ばしてくれるような出会いが待っていた。淀媛神社を目指していた時のこと。道沿いの民家の間から、ひょい、ひょいっと瀬戸内の海が見えるので近寄って覗き込んでみると、建物の裏手に小さな船着きがあり、そのすぐ沖には、2人か3人乗りのキャビンもない、小舟が何艘か波に揺れていた。
神社からの帰途、駐車場へ戻ろうとその道を引き返してきたら、ひとりのおばあさんがリヤカーのような荷車を道の脇に停め、慌ただしく動いている。あの家の前だ。見れば、脇に置いた発泡スチロールの箱から魚を取り出して、荷車の上に並べている。
クロダイ、カサゴ、カレイ…墨まみれになった小さなイカもたくさんいた。魚はみんな生きていて飛び跳ねている。だから荷台に乗せた端から歩道のアスファルトへ飛び出していく。大きなクロダイなどは勢いあまって車道まで転がり出て、ヒヤっとした。
そのたびに彼女は慌てて追いかけ、両手で捕まえては荷台に戻す。また跳ね出しては拾いに行く…そのイタチごっこがあまりに滑稽で、惹きつけられ声を掛けてみた。
すると、捕れたばかりの魚をここで売っているのだという。下ごしらえや料理法など…ていねいに魚の説明をしてくれる。これから神戸に戻るのだと伝えると、氷はあるから大丈夫だよ…と笑った。しかし、私はこの旅で大きなミスを犯していた。いつもなら必ず積んでおくクーラーボックスがなかったのである。東京を出る時に、戻るのは9日後だからいくらなんでも生鮮品を持ち帰るのは無理だろうと積まずに出てしまった。氷があると言われてもそれだけではどうにもならない。
だから目の前で跳ねまわる瀬戸内の恵み…目の黒々とした魚たちを前にして、あきらめざるを得なかった。しかし、「じゃ、ちゃんと準備してまたおいで…」と、彼女は優しく微笑んだ。長々と話を交わしたあとで断ったにも関わらずだ。私たちの言葉を聞けば、遠方からの観光客であることも、一期一会の風来坊であることも分かったはずだ。またおいで…というひと言に込められた彼女の優しさに胸が熱くなった。
この出会いが鞆の浦と私の距離を縮めてくれた。彼女はずっとここで魚を売ってきたのだろうし、この街では昔から…それこそ江戸時代からこうして魚が売り買いされてきたに違いない。その素朴でたおやかな営み、触れ合いが、鞆の浦の姿であり、友人が私たちに見せたかったものなのだろう…と勝手に納得して、この日帰途についたのだった。
【筆者の紹介】
三浦 修
BXやXMのワゴンを乗り継いで、現在はEクラスのワゴンをパートナーに、晴耕雨読なぐうたら生活。月刊誌編集長を経て、編集執筆や企画で糊口をしのぐ典型的活字中毒者。
【ひねもすのたりワゴン生活】
旅、キャンプ、釣り、果樹園…相棒のステーションワゴンとのんびり暮らすあれやこれやを綴ったエッセイ。