新規定で見た目も中身も大きく変わった2022年シーズンのF1マシン。2回のテストを終えても各チームの新車の出来は読みにくい状況のまま、いよいよ今週末に開幕戦バーレーンGPを迎えることになった。日本期待の角田裕毅(アルファタウリ)の2年目の展望、そしてテストで見えた今季の戦いのポイントを、元F1ドライバーでホンダの若手育成を担当する中野信治氏が独自の視点でお届けします。
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まず2022年シーズンのF1はマシンのレギュレーションが大きく変更になりました。新しいマシンの印象としては、昨年ショーカーが発表されたときには、どちらかというと、これまでのF1とは違った意味で近未来的なマシンで新しいイメージでしたが、開幕前のバルセロナテスト、そして2回目のバーレーンテストで走行したマシンを見ていて、それこそ全体的な雰囲気として1980~90年代の前半ぐらいのクルマに戻ったような印象を受けました。低くて横幅が広く見える昔のF1のイメージですよね。
もちろん、いろいろな部分では技術的に進化をしているし、細かいところの形状まですごく技が効いているのですが、パッと見はシンプルで無駄のない感じの印象で僕はすごく好きです。僕なんかはその1980~90年代の前半のF1マシンを見て憧れていた世代なので、そういった意味ではその頃に戻ったような錯覚をしてしまうような印象でした。フェラーリの赤と黒ベースのカラーリングもちょっと懐かしく、それこそ当時の記憶が蘇ってきます。当時はアイルトン・セナとアラン・プロストの時代で、それこそ自分がF1ドライバーになりたいと思う前に「かっこいいな」と憧れて見ていた時代のF1なので、あのころの映像や記憶がすごく蘇ってきました。
そんな新世代のF1マシンですが、テストでは思っていたほどトラブルは少なかったと思います。ただ、今シーズン流行りになっている『グランドエフェクト(車体の下面と地面の間を流れる空気流の利用してダウンフォースを得ること。空気流が速ければ早いほど、車体上面との差が大きくなりダウンフォースが強くなる現象)』や『ポーパシング(ポーポインジング/バウンシング)現象』という言葉もあるように、新しくなったレギュレーションによって発生している症状に各チーム悩まされています。
『ポーパシング(ポーポインジング/バウンシング)』についてですが、僕が持っているイメージでは、グランドエフェクトカーはマシン下面に空気を通し、その空気の流れをいかに早くするかが重要です。空気の流れを速くするイコール空気の通る隙間を細くしないといけません(ベンチュリー効果)。その処理をすることで空気の流れが速くなり、空気の流れが速くなればなるほど負圧が発生するので、それを利用してマシンを下に押さえつけ、車体の上面と下面の圧力差で地面に押さえつけるようなイメージでダウンフォースを生み出すのが、いわゆる『グランドエフェクト・カー』です。
ベンチュリー効果と言われる、空気のトンネルを作ってダウンフォースを生み出し、後ろにクルマを近づきやすくなることで接戦を増やすいうイメージで今年のレギュレーションは作られていますが、結局、今年のクルマはストレートで速度が上がると車体上面のダウンフォースが強くなって車高が下がり、もちろんチームもストレートでは車高は下げていきたいのでどんどんと車高が下がっていき、車高がある一定の限界を超えると、今度は車体下面が地面に付いて空気が流れなくなってしまいます。
その瞬間、今度はダウンフォースがなくなってしまうのでフロントが少し浮き上がってしまいます。そこでフロントが浮き上がるとまた空気が入り込んでまたマシンが沈みます。それが繰り返えされることで、たとえばバンプで跳ね続けるような挙動が起こってしまい、いわゆるバウンシング、ポーパシング、ポーパシングの現象になってしまいます。
今年のマシンはそのあたりの車高の管理が難しく、今年のレギュレーションでサスペンション自体も変更になっていて、イナーター(イナーシャダンパー/サードダンパー)も使えずシンプルな構造に変わっているので車高の管理がとてもしづらい状況です。そんな理由が重なり合うことでポーパシングのような症状を引き起こしています。
テストで走行しているマシンを映像で見ていても、揺れていることが分かるかと思います。ドライバーのヘルメットも揺れていて前はきちんと見えているのだろうか、頭は痛くないのかなど、今年のマシンはいかにポーパシングと呼ばれるフロントのピッチングを抑え、車高をどう管理するかということがキーポイントになると思います。
また、タイヤの18インチ化もドライバーにとっては車体のレギュレーション変更と同じくらい影響が大きいはずです。18インチ化に伴い、物理的に車体の四隅にあるタイヤとホイールが大きく重くなっています。ですので、ドライバーだけでなくレース中のタイヤ交換もメカニックは結構大変になると思いますし、ドライビング面では、タイヤマネジメントやデグラデーションという部分では、どこまでが18インチ化による原因なのか、それともマシンが原因なのかは各チームとも正直まだ掴めていないと思います。
タイヤの使い方の部分に関してはまずは当然、これまでの13インチと比べると18インチになってタイヤのショルダー部分が薄くなっています。ショルダー部が薄くなることでタイヤのサイドウォールを動かし方、さらにタイヤのグリップの限界がまた違うところになってきます。タイヤのグリップの感じ方としては、以前のタイヤはサイドウォールが動き出しそうな先にもグリップがありましたが、今はその時差みたいなものがなく、サイドウォールがそれほど大きく動かず、その前に限界がきてしまいます。
僕は実際に今のF1マシンに乗っていないのでグリップ自体が上がっているのか下がっているのかは分からないですが、ただ、他のカテゴリーでの経験や理論的に、ショルダー部が薄いタイヤはサイドウォールの動きが少ない分、今年のF1タイヤに関してもグリップの感じ方や限界は感じやすい気がしています。アクセルを踏んだときのリヤのナーバスさは変わらないと思いますが、その後のコントロールは意外としやすいはずです。
あと、今年のマシンについては、メルセデスがロケット技術などを応用した『ゼロ・サイドポッド』を新しく投入してきたりして各チームの勢力図がまだ分からないですよね。それこそホンダも昨年は『ホンダジェット』の技術を取り入れていましたが、本当にモータースポーツの技術の多様性は今の時代に合っていると思います。ひとつの物事を追求したり形を作っていくうえで、それまで自分たちだけでやっていたことだけではなく、いろいろな分野の技術や考え方をうまく取り入れつつ、良いものを短い時間で作っていくという考え方に変わりつつあります。
今年のメルセデスのサイドポッドが良いか悪いかというのは置いておいて、僕はこの多様性はすごく面白いなと思います。メルセデスのマシンのパフォーマンスについてルイス・ハミルトンのコメントは明るくないですが、これも例年のことと言えばそうですし(苦笑)、実際、どこまで爪を隠しているのか分かりません。いずれにしても、レギュレーションが変わってもクルマの大きな変化はないんじゃないかと思われていたなかで、蓋を開けてみるとメルセデスだけでなく、レッドブルなどの他チームも含めて、これだけ形が違ってきた。昨年以上にマシンが個性豊かですし、新鮮で面白いと感じます。
そこにはひとつ要因があり、バジェットキャップ(予算制限)も大きいのですが、下位のチームほど風洞やウインドトンネルなどを使用して開発する時間を長くしてもらえるということもあり、昨年は下位で苦しんでいたチームも結構、冒険したようなフォルムのクルマを作っていたりしています。ただ、本当にどこが正解なのかというのがまだ見えていないことが、見ている側のワクワク感を高めてくれています。
メルセデス自身も自分たちが今、どのポジションにいるかは正直、あまり良く分かっていないと思います。メルセデス陣営のコメントも昨年と同じくネガティブなので(苦笑)、昨年までの流れで言えば、もうここからシーズンは始まっているんだなと思います。
●開幕戦から表彰台を期待できる角田裕毅の2年目の進化。仕上がりの良さが伺えるアルファタウリ
また、2022年シーズンは昨年までFIAのレースディレクターを努めていたマイケル・マシが交代することになりました。昨年の最終戦のセーフティカーの件でマシがああいった形で実質的な更迭となってしまいましたが、『じゃあマシがいて本当にF1界がネガティブな方向に行ったか』というとそうではないと思います。マシはあくまでF1という大きな組織のなかのひとりであり、顔みたいな存在でした。その部分を背後で動かしているのはもっと大きな力だと思います。
個人的にはマシは本当に頑張っていましたし、本当に多大なプレッシャーがかかるポジションですので、更迭に関してはちょっと残念だなという気持ちがあります。やはりメルセデス・チーム、その周辺の関係者がシーズンオフの期間中にいろいろな政治的な動きをしていたのだと思います。あのファイナルラップでタイトルを逃したメルセデスの立場になればその気持ちも分かります。
今のF1は本当の意味で大きな変化のタイミングだと思います。クルマが変わった部分以外のところで、社会的な部分でも大きな変化をしているすごく大事なタイミングです。メルセデスとしてもF1という戦う場所があってのメルセデスF1チームで、戦う場所を失ってしまうわけにはいかない状況のなかで、F1界全体として今後も成長していかなければならないという大きな使命があります。2021年のF1はそういったいろいろな思惑が見えたシーズンで、その最前線に立たされてしまったのがマイケル・マシという存在なので、正直見ていてすごく辛かったです。
2022年はレースディレクターを交代制で行うということですが、レースディレクターを変えたところでやるべきことは大体は決まっています。責任をひとりだけが被るのではなく3人で分散させることが目的のような気もするので、おそらく基本的な考え方というのは変わらないと思います。まずF1がどこに向かっているかが第一にあり、F1はやはりスポーツであるというところを大切にしながらレギュレーションを守り、それと同時に、いかにF1を面白く、見る側が興奮するような魅力を感じてもらえるかをせめぎ合いになっていくことになるでしょうね。
最後になりますが、F1参戦2年目を迎える角田裕毅(アルファタウリ)選手については今年、大いに期待していいと思っています。昨年は開幕時の好調から難しい状況になってしまう時期もありましたが、今年はマックスで期待していいと思います。レースの結果で表彰台に立ったり勝つ可能性があることはもちろんですが、現実的にはチームメイトのピエール・ガスリーに対してどれくらいのレースができるかというところがまず第一だと思います。
その対ガスリーの部分でも、見ている側としても期待して良いと思います。もちろん、戦える準備としてメンタルの部分などはF1の世界でまだ2年目なので、そこは完全に理解ができているわけではないと思いますが、昨シーズンはかなりいろいろなことが起こり、角田選手自身も葛藤しながら本当にたくさんのことを学んだ1年だったと思います。その学びが最終戦のアブダビGPの4位の結果につながったと思いますし、その流れが今の開幕前テストでの順調さだと思います。
開幕戦からのレースに向けてテストも落ちついてこなしていて、昨年とはアプローチの仕方が変わってきているなという感じはします。シーズンオフの時間もトレーニングに費やしているところも、自分が結果を出すためには何が足りなくて、何が必要なのかということを冷静に判断している感じがします。
トレーニングや食生活などで意識が変わっていくというのはすごく大きなことです。角田選手はもともとマシンを速く走らせる能力に関してはあるので、学ばなければならないところはその部分でした。そこに関しては、多くのドライバーがF1参戦が終わってから気づくことが結構あります。ですので、F1で戦っている真っ最中に先に動いていくことが非常に重要になります。早く気づいて早く動き始め、それを実行に移している今の角田選手への期待というのは、大げさかもしれないですが開幕から最大限に期待していいと思います。
クルマさえうまく決まれば昨年の最終戦の走りを見ていれば表彰台に上がれない理由はないので、条件さえ整えば開幕戦から表彰台に上がることができるはずです。ですが、そうなったときに昨年の前半にあったような、ちょっとした心の隙間みたいなものができて、ネガティブな波に飲み込まれないようにきちんと自分をコントロールできれば大いに期待できるという風に思います。
テストでの動きを見る限り、アルファタウリのマシンもかなり良い感じに仕上がっているように見えました。蓋を開けてみなければ分からない部分もありますがロングランで順調に周回を重ねていましたし、周回数が多い中でトラブルフリーで走行できていました。集中してロングランをしていたので、レースに向けたいいテストができているはずなので、チームも本人もパフォーマンスに関してはある程度の自信があると思います。テストの進め方、内容の部分に関してもアルファタウリの落ち着きといいますか、自信みたいなものを感じたので開幕戦から期待したいです。
<<プロフィール>>
中野信治(なかの しんじ)
1971年生まれ、大阪出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在は鈴鹿サーキットレーシングスクールの副校長として後進の育成に携わり、F1インターネット中継DAZNの解説を担当。
公式HP https://www.c-shinji.com/
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