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 昨今、電車内で物騒な事件を耳にする機会が増えました。もし同じ車両で恐ろしい犯罪が起こったら。ありえない事故が起こったら。冷静に行動することができるでしょうか。本稿ではそんな「もしも」に備えた研修のレポートです。列車を停める? 運転士に知らせる?? 

文、写真/村上悠太

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■異常発生→対応の訓練が出来る駅の条件とは

 日々、安全安定運行に取り組んでいる鉄道事業各社。しかしながら、どうしても予期できぬトラブルや車内での急病人発生など、イレギュラーな事態が発生することもしばしば。そんな時に重要なのが現場での初期対応だ。

研修会場となったJR兵庫駅併設の「神戸乗務員訓練センター」

 2022年2月下旬、JR西日本神戸支社ではスタッフ部門における「異常時対応力向上研修」を実施。日常的に異常時訓練を行なっている乗務員や駅員といった現業以外の社員、スタッフが、通勤時などに異常事態に遭遇した際、速やかに適切な対応ができるように訓練するのが今回の目的だ。スタッフ向けに個別研修が行われたのは同支社で初の取り組みとなる。

普段はデスクワーク中心のスタッフ部門の関係者が研修に参加

 会場となったのは兵庫県のJR兵庫駅。ここには「神戸乗務員訓練センター」が併設されているのだが、このセンター、ちょっとユニークな存在で、モックアップなどの訓練設備があるのではなく、列車が発着する実際のホームと車両を使って訓練が行える構造になっているのだ。当然、訓練はほかの運行列車が来ないタイミングで行われるわけだが、駅や電車を利用しているお客さんを横目に堂々と訓練をするわけにもいかないし、訓練は数分おきにやってくる列車間合いのわずかな時間で終わるものではない。ではなぜ実施設で訓練ができるのかというと、これには兵庫駅特有の「ある事情」が存在するからだ。

 このセンターは兵庫駅の和田岬線という路線が発着するホームの下にあり、この和田岬線のホームと車両が訓練に活用されている。和田岬線は兵庫〜和田岬を結ぶ、全長2.7kmの途中駅もない短距離路線。現在では和田岬駅周辺の工業地帯への通勤輸送が主で、平日は朝ラッシュが終わる9時10分の和田岬行が出発すると、次は夕ラッシュ前の16時40分発までこの駅を出発する列車がないのだ。そのため、この長い間合い時間を使って訓練が行われているというわけだ。しかも、他のホームとは独立している構造になっているのも都合がよい。

日中時間帯は閉鎖されている和田岬線のホーム
休日はたった2本しか運行されない和田岬線。土休日ではなく、休日だけダイヤが異なっているのはJR西日本でもここだけ

■まずは「非常ボタンを押す」

 今回行われた研修はホーム、踏切および列車内での非常時対応について。その一部は一般の私たちでも同じような行動を取ることで、事故を未然に防ぐことができるものもあるのでご紹介したい。

 まず大前提として、鉄道業界では異常事態が発生したら、列車を「停める」ことが先決される。これは自列車だけでなく、周囲を走行する列車についても同様だ。そのため、異常発生時は速やかに関係者にそのことを知らせる必要がある。

 最近ではホームドアの設置が進み、ホームからの転落や触車事故は減少傾向だが、それでもホームドア未設駅や設置駅でも予期せぬ危険なシーンに遭遇することもある。その場合はホーム上に20m間隔で設置されている「ホーム非常ボタン」を押そう。このボタンが押されると、ホーム屋根部に設置された「非常報知灯」が点滅し、そのホームに発着する列車へ緊急停止を促し、同時に駅側でも何番ホームでボタンが押されたか、瞬時に把握できるようになっている。

ホーム柱などに設置されている「ホーム非常ボタン」

 また、踏切にも同様に「踏切非常ボタン」が設置されており、これは車の脱輪など踏切内に取り残されてしまった場合などに取り扱うスイッチ。こちらも強く押し込むことで、周囲を走行する列車に緊急停止を伝える信号が一斉に現示される。

こちらは「踏切非常ボタン」。押すと左にある棒状の「特殊信号発光機」(本来は線路脇に設置)が点滅し乗務員に異常を知らせる

 どちらも列車を止めるスイッチなので、緊急事態を目の当たりにしても「もし間違いだったら多くの人に迷惑がかかる」と躊躇してしまうかもしれないが、正当な理由があれば仮にトラブルに繋がらなかった場合でももちろん罰則はなく、むしろ事故を未然に防げる正しい行為だ。

 一方、「一刻も早く救助を」と正義感から、これらのスイッチを取り扱う前に一般人が線路内に立ち入るケースもまれに耳にするが、これは自身まで事故に巻き込まれかねない危険な行為。非常ボタンを押しても列車はすぐには止まることができない。非情にも聞こえるかもしれないが、まずは非常ボタンを押すとともに、線路内に絶対に入らないということを我々一般人の「できること」と認識しておきたい。

■乗務員への通報が最優先

 続いて行われた研修は列車内。車内にも緊急時に備えて様々な装備がある。鉄道の乗降ドアは一般的に車掌がスイッチを操作し一斉開閉しているが、車内端部と車外には「ドアコック」と呼ばれる機能があり、これを操作すると1両全体のドアを手動で操作できる。ドアコックは緊急時にドアを開ける必要がある場合やドアに不具合が発生した際に取り扱うものだが、不用意に取り扱うと怪我や事故に直結するため、取り扱いに細心の注意が必要な機能でもあることから緊急に車内から避難しなければならないケースを含めて、まずは乗務員が安全を確保した上で一斉にドアを開けることが基本となっている。

車内端の上部にある「ドアコック」
停電時向けに懐中電灯も車載

 近年、残念ながら散発している車内における凶悪犯罪などを鑑みると、確かに乗客自らドアコックを操作し、速やかに避難した方がいいようにも思えるが、列車が動いている最中に飛び降りてしまうのは大怪我につながるほか、他の列車が走行中であればそれに触車する可能性もある。さらに編成中1つのドアでも開いた(ドアコックを操作した)状態では、その列車は加速できなくなる仕組みになっている。これは、ドアが開いたままや、ドアに体や物が挟まったまま発車して事故が起こるのを防ぐための機能だ。

 冒頭で異常時には鉄道はまず「停める」ことが先決されると明記したが、実は運転士は停止後の避難や火災を想定し、「トンネル」、「橋梁」、「その他停車する上でリスクがある場所」を避けて列車を停止させるように訓練されている。乗客から見えないところで、様々な判断がなされていることもある。そのため、乗務員の指示なく「ドアコック」を操作してしまうと事態の悪化を招く可能性もあるので、たとえ停車したとしても、まずは乗務員の指示を待つようにしたい。

 そしてなにより、列車内でトラブルが起きた際にはまず乗務員にそのことを通報するのが最重要だ。車内には「車内SOSボタン」が取り付けられており、これを押すと乗務員と通話することができる。また、このボタンが取り扱われると運転士もすぐに停止操作を行う。ただ、これも速やかに緊急停止をするのではなく、様々な事態を鑑み、先ほどの例外3箇所を除いた箇所に停車させることが基本となるので、すぐに列車が停止しなかったとしても落ち着こう。

乗務員に異常事態を知らせ、通話もできる「車内SOSボタン」
座席下に装備されている消火器

■日頃、訓練を積んでいる社員を信頼して

 今回の研修を始め、JR西日本では全社員が日常での鉄道利用シーンで異常事態に遭遇した際に、救護活動や避難誘導に積極的に参加するように徹底されている。また、そうした場合にJR社員であることが一目でわかるように衣類に貼り付けて使用する、シールタイプのJRワッペン、もしくは腕章と、「事故遭遇時等社員必携」と呼ばれるマニュアルを関係者は携行しており、常に異常時対応に備えている。また、スタッフ部門で働いている社員の中にも、乗務員や駅員の経験者が多数いるため、緊急時の対応に長けている人も少なくないそうだ。

 なお、乗務員が通話対応できるのは1度に1つのSOSボタンのみだが、昨今の事件を鑑みJR西日本では、一斉に複数の車内のSOSボタンが押された場合は、重大事象が発生したと判断し、対応にあたることになっている。

避難ハシゴを使った講習も実施
線路上を移動する場合は関係者の指示に従い、車両に沿って歩く。

 異常時に遭遇するとだれもが焦ってしまうが、一度落ち着いて、それが列車内ならまずは車内SOSボタンにて乗務員に通報。ホーム上、踏切なら非常ボタンを押そう。その後はこうした日々の訓練を積んでいるJR社員を信頼し、指示に従ってスムーズに対処したい。
(車内設備はJR西日本207系のものです。車両ごとに機能や装備、設置場所が異なります)

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