令和2年度の大型車の車輪脱落事故は、平成11年度からの統計上最多となり、平成23年は11件だったのが令和2年には131件発生と12倍に急増している。一歩間違えれば大きな事故につながるため、これは見逃せない。
なぜこのような車輪脱落事故が発生するのか? その原因や、どのような対策を講じれば防げるのかを筆者が日本自動車工業会(自工会)に質問状を送った回答から考察する。
文/諸星陽一、写真/自工会、トビラ BlackMediaHouse@Adobestock
■脱落していたのはタイヤではなく、タイヤが組まれたホイール
事の発端は昨年末の朝日新聞に掲載された「タイヤ脱落 10年で12倍」という見出しの記事であった。この記事を目にしたベストカーWeb編集部から私に記事の依頼があったのだが、何しろトラックのタイヤという、普段ほとんど触れることのない内容であったので、取材に少々手間取り、年を越しての執筆となった。
新聞記事ではタイヤ脱落となっているが、正確には脱落したのはホイールである。読者にわかりやすく、ということで新聞記事ではタイヤ脱落という見出しをつけているのだろうが、タイヤは脱落していない。あくまでも脱落したのはタイヤが組み込まれたホイールであって、タイヤメーカーにしてみればいい迷惑であるともいえる見出しだ。
ネット上などを飛び交うさまざまな情報のなか、いくつか気になったものがある。そこで日本自動車工業会(自工会)に質問状を送った。この返答に時間がかかったのが今回の記事の掲載が遅れた主な理由だ。
■脱落は左側後輪が95%と圧倒的に多い
まず、第一に気になったのがホイールを締結しているナット。従来、トラックのホイールナットは右側が正ネジ、左側が逆ネジを使っていたという。これはホイールの回転によってナットが緩まないようにするためだ。
しかし、現在は規格が変わって、車両総重量10t以上の大型車と中型車の10穴もしくは8穴ホイールは、ISO規格が適用されるので全輪で正ネジを使用。中型車、小型車で6穴もしくは5穴ホイールはJIS規格が適用され、従来どおりの右側は正ネジ、左側は逆ネジを使っている。
実はホイール脱落は左側後輪が95%と圧倒的に多く、この逆ネジ採用が関係しているのではないかというウワサが飛び交っているのだ。左側通行においては同じ場所のカーブでも左カーブは回転半径が短く、右カーブは回転半径が長くなる。このため右カーブでは走行速度が速くなるとともに、車輪に掛かる横力も高くなり、左側車輪の負担が大きくなるという話もある。
自工会によれば、確かに左側車輪の脱落が多いことは事実で、従来のJIS方式でも脱輪事故の約7割が左側で発生しているとの回答。これに対しては適切な整備が行われていれば防げるトラブルであるという回答であった。
■令和2年度の脱落事故の現状と傾向を探る
さて、国土交通省が発表している「車輪脱落事故発生状況(令和2年度)」という資料をもとに、脱落事故の現状と傾向を探っていきたい。
過去10年間の事故発生件数は平成23年度が11件であったのに対し、令和2年度は131件と明らかに右肩上がりの傾向となっている。注目したいのは月別発生件数で、令和2年度の場合は令和2年11月~令和3年2月の4カ月間で65%が発生している。
1年の33%に当たる4カ月間(しかも年末年始は稼働率が落ちる商用車)であることを考えると明らかに季節性が読み取れる。そして次に注目なのが車輪の脱着作業からどれくらいの期間で脱落事故が発生してるか? だ。令和2年度の事故件数131件中76件、実に58%もの事故が車輪脱着作業後、1カ月以内に脱落事故を起こしている。
タイヤ脱着作業はローテーションや定期点検なども含まれているが、実に68%がタイヤ交換、つまり夏タイヤから冬タイヤへの交換などが主な内容となっている。タイヤ脱落事故の発生件数が圧倒的に多いのは東北地方である。
■脱落事故の第一原因はホイールナットの締め付けトルク不足
以前にタイヤメーカーに取材したところ、東北地方のトラックは冬用タイヤの新品を履いてそのまま春夏秋を過ごし、再び冬になったところでタイヤ交換をするという話を聞いたことがある。つまり、夏タイヤは使用しないのだ。
また、脱落事故を起こした大型車のタイヤの脱着作業については53%もの割合で大型車ユーザー自身(おそらくドライバーという意味ではなく運送業者という意味であろうと推測される)が行っており、タイヤ業者などが行ったものは26%にとどまっている。
こうした情報を総合していくと、整備不良つまりホイールナットの締め付けトルク不足による脱落が第一原因と考えて不思議はないであろう。現状のままで事故を減らすためには、まずは整備不良を減らすことが第一となる。
ホイールを取り付ける際にはトルクレンチを使うのは当たり前だが、1名の作業者が行うのではなく、2名の作業者で行うことが望ましい。1本のホイールについて10カ所のナットがある場合、作業中に1カ所のナットを締め忘れるという可能性は捨てきれない。
これを防ぐには2名の作業者が行うことでかなり低減できるだろう。筆者がレースを行っていた際、コースイン前にホイールナットの締め付けは2名で行い、グリッドに並んだ際にもう一度確認のためにトルクレンチで締め付けていた。
■ホイールナットの締め付けは増し締めやトルク管理を確実に
そして、大切なのは増し締めである。ホイールの取り付けは,ホイールの穴に車体側のハブに取り付けられたスタッドボルトを入れて、ナットで締め付ける。各々の部品にはクリアランス(ガタ)があるため、ある程度走ったらそのクリアランスが原因で起きる緩みを締め直すこと、つまり増し締めが重要なのだ。
また、製造工場などではトルクレンチの締め付けトルクが正しいか? 定期的に校正(つまりトルクレンチの整備)しながら作業を行うが、整備工場などではトルクレンチの校正が行われることは珍しい。トルクレンチの不具合を防ぐためにも、トルクレンチは1本ではなく、複数を用意して同一設定の締め付けトルクで大きな差が発生する際はメーカーに校正に出すことが望ましい。
また、大切なのは日常点検である。自家用の乗用車は法律的な縛りはなくなったが、トラックについては運行前にドライバーが行うことが義務づけられている。さまざまな点検項目があるが、そのなかにはホイールやタイヤの状態の確認も含まれている。
ナットの締め付け状態については、トルクレンチを使って確認するのが確実だが、昔ながらの点検ハンマーによる点検も有効的だ。ハンマーでナットを締め付け方向に叩きながら、ナットに手を添えて振動が伝わるか否かで点検する。振動が伝わるということはナットに緩みがある証拠で増し締めが必要なる。
■さらに車輪脱落事故を防ぐには
人間はどうしてもミスを犯すものなのでクルマ側での対応も必要となる。例えば、ブレーキはパッドが減ってくると、薄い金属板がディスクローターに当たって異音を発するようになっている。そうした単純な機構で、ホイールナットの緩みを知らせるような仕組みがあれば、より安全性を担保できるだろう。
整備をきちんと行えば事故を防げるという理論ではなく、ヒューマンエラーをサポートできるクルマ作りが望まれるのは言うまでもない。
また、こうした車輪脱落事故はトラックだけの問題ではない。乗用車でも締め付けトルクが不足すれば当然のように脱落する可能性はある。現在はネットでホイールにタイヤ組み込みずみ、バランス取りずみのものが簡単に手に入る時代で、DIYで作業を行う人も多い。
くれぐれも正しい締め付けトルクでナットを取り付け、走行後の増し締めも忘れないように注意してほしい。
【画像ギャラリー】10年間で12倍!!! 大型車の「車輪脱落事故発生状況(令和2年度)」を写真でチェック(10枚)画像ギャラリー投稿 大型トラックやバスの車輪脱落事故を防げ! なぜこの10年で激増したのか? は 自動車情報誌「ベストカー」 に最初に表示されました。