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北朝鮮は22年1月、計6発のミサイル発射実験を実施した。なぜ北京冬季オリンピック開幕直前で、ロシアのウクライナ侵攻危機が高まり、韓国大統領選挙を控えるこの時期を選んだのか。金正恩総書記と習近平主席、バイデン米大統領、プーチン露大統領、文在寅大統領の激しい駆け引きが交錯する。ミサイルは、日本に向けられたものではなく、また米国の気を引くためだけでもなかった。指導者の「計算違い」を解説する。

金正恩氏(米政府公式flickr:Public domain)

習近平宛のショッキングな「脅迫文」

金正恩が、極超音速ミサイル実験をしたのは、北京冬季五輪開会式のちょうど1ヶ月前だ。誰が見ても、習近平の顔に泥を塗る行為だ。中国は、折から北京五輪前の緊張緩和と金正恩の五輪参加を求めていた矢先であり、習近平の心中は穏やかならぬものがあろう。

北朝鮮は中国の怒りを牽制するため、ミサイル発射と同時に「北京五輪に参加しない」とのショッキングな「脅迫文」を渡した。コロナを理由とした北朝鮮の不参加通知文は、中国が容易に反論できないよう、練りに練られたものだった。

米国と追随勢力の反中国陰謀策動が一層悪辣になっている。五輪精神に反する冒涜で、中国の国際イメージに泥を塗る卑劣な行為だ。習近平同志の周囲に一致団結し、妨害策動を退け成功裡にオリンピックが開催すると確信する。

「米国の陰謀で北京五輪に参加できない」とはあまりに白々しい言い訳で、中国は「小国の屁理屈」と頭にくるが、公式には反論できない。北朝鮮は、金正恩氏の開会式出席をなお留保し、ナンバー2の金与正氏参加の可能性を残す「悪知恵」を繰り出した。

北朝鮮は「五輪を人質」に、医薬品や食料、肥料、建設資材の支援を求めた。中国は、1月17日に支援物資を北朝鮮の貨車に積み込んだ。それまでは支援に応じなかったことからしても、北朝鮮の「オリンピック人質外交」にしてやられたと言っていいだろう。

対バイデンで苦戦……金正恩の計算違い

要するに、北朝鮮は事実上、バイデンの「北京五輪外交ボイコット」に応じたわけだ。トランプ前大統領は、長距離ミサイルでなければ何を打ち上げようと無視したから、バイデン大統領も評価してくれるのではないか、とも期待した。これが、計算違いだった。

ブリンケン米国務長官は発射翌日の6日、林芳正外相と電話会談し、北朝鮮のミサイル発射を国連安保理決議違反と非難し、日本防衛の意志を強調した。当事者の韓国政府は「国連決議違反」と明言せず、「遺憾」表明だけ。韓国軍は、この姿勢に忖度してか「極超音速ミサイルではない」と否定した。

ブリンケン国務長官(画像は21年1月の記者会見時、米国務省サイト:Wikimedia public domain)

金正恩は、韓国軍の「極超音速ミサイル否定」は文在寅の指示だ、と考え頭にきただろう。その文在寅も、ミサイル発射に驚愕してはいた。3月の大統領選挙直前のミサイル発射で、野党候補の支持率が上がった。金正恩は韓国の政権交代を望んでいるのか。

北朝鮮は、文在寅が北朝鮮主導の南北統一戦略に協力しない姿勢に、失望している。それなら、保守野党の大統領候補が当選した方が、北朝鮮の統一政策には有利だ、と考えを変えたのだろうか。

その心中は定かではないが、朝鮮半島での軍拡競争での優位を見せつけるために、金正恩は自身が視察する中で2発目を発射し「最終発射」と伝え「打ち止め」を宣言したのである。だが、バイデンには届かなかった。

「脅し文学」に乗せられる日本のメディア

バイデンは、ロシアのウクライナ侵攻が緊迫している時期に、ミサイルを発射する金正恩の行為を、ロシア支援と受け止め「北京五輪ボイコット」は評価しなかった。米国は「小賢しい、ガキのごまかし」と怒り、2発目のミサイル実験直後に、ミサイル開発に関わった朝鮮人6人とロシア人1人、ロシアの団体を追加制裁した。

制裁対象者は、ロシアやウクライナ、中国の技術者や企業に接触し、ミサイル部品などを密輸していた。制裁により、海外口座が押さえられドル送金や決済ができなくなる。極超音速ミサイルの製造も中断となる。

北朝鮮は、米国の制裁に対抗し追加で4発のミサイルを撃たざるを得なくなった。北朝鮮指導部の計算違いだ。17日に急遽、党政治局会議を開き、中止した活動の再稼働の「検討を指示」する「脅し」をかけた。再稼働指示とは言っていないことに注目すべきだろう。

Goldcastle7/iStock

ところがである。実際に北朝鮮が決めたのは「検討指示」なのに、メディアは「核実験、大陸間弾(ICBM)の実験再開へ」と大きく報じ、「騙し文学」の手口に乗せられた。かつて「グアム海域への発射検討」を、「グアム島への攻撃」と誤報した教訓を忘れている。

真実を知れば、核実験とICBM実験を再開できない事情がわかり、ミサイルは日本に向かわない現実を、理解できる。再び国連制裁は強化され、中国は立場を失う。北朝鮮が専門のある有名大学の教授が「ミサイル発射は米国向けの対話提案」と解説していたが、そんな単純な作戦ではない。複雑な国際政治の中で、懸命の駆け引きが展開される

日経だけが正しい分析

北朝鮮の核戦略は①指導者や高官が追放される体制崩壊阻止のためで、②核兵器は絶対に放棄しない③北朝鮮主導の南北統一を掲げる――だから核問題は解決しない。北朝鮮ミサイルは、第一に韓国に向かうもので、第二に米国が攻撃した場合に、米本土と在韓米軍基地、在日米軍基地を狙う。

それを「交渉すれば核放棄する」「日本が標的だ」と考えると、北朝鮮「脅威論」に騙される。軍事的準備は当然だが、「攻撃される」と外交政治的にも判断すると間違える。

日経だけは「メディアはいたずらに脅威を煽るべきでない」(1月19日)と述べた。筆者は秋田浩之コメンテーターで、米国と中国を中心に、国際政治の現場を歩いた記者だ。国際政治の視点から朝鮮問題を分析できる数少ない専門家で、「北朝鮮政策は失敗した」と述べた。日本は米韓とは違い「核を使わせない」戦略しか取れない。正しい分析と判断だ。

朝鮮問題専門家と記者は、大国の駆け引きを視野に入れた分析ができない。多くは、南北朝鮮の論理とタコ壺にどっぷり浸かり、どちらかに利用され読者を惑わす。「気をつけよう暗い夜道となんとやら」……である。