電動化など環境性能の追及は市販車に限ったことではない。モータースポーツの最高峰であるF1はハイブリッドエンジンの搭載が義務付けられているし、ラリー競技の最高峰WRCのトップクラスのマシンにも2022年からハイブリッドエンジンが義務付けられている。
そして国内のレースシーンでもカーボンニュートラル実現を目指して各メーカーが取り組んでいる。そして2021年11月13日に「カーボンニュートラル実現に向けた国内5社の共同発表」が行われた。その中身を改めて解説しよう!!
文/鈴木直也
写真/Toyota、ベストカー編集部、AdobeStock
■水素エンジン開発促進によりカーボンニュートラルを推進
2021年11月に発表になった「カーボンニュートラル実現に向けた国内5社の共同発表」がなかなか興味深い。その内容は、トヨタ、スバル、マツダが、カーボンニュートラル燃料でスーパー耐久シリーズに参戦するほか、ヤマハとカワサキが2輪用水素エンジンの共同研究に取り組むというもの。CO2削減ネタとしては珍しく、クルマ好きが興味を惹かれるモータースポーツやバイクがテーマになっている。
その昔、ホンダはレースを「走る実験室」と称して高性能エンジンの開発に取り組んだが、内燃機関でカーボンニュートラルを目指すにあたって、再びモータースポーツが技術開発のテストベンチとして見直される時代が来るかも? そんな期待を抱かせる発表だったのだ。
で、具体的に何をやるかといえば、まずは水素燃焼エンジンの開発推進だ。今年5月のスーパー耐久第3戦富士24時間レースにデビューして以来、トヨタが水素エンジンでモータースポーツに挑戦しているのはご存知のとおり。
GRヤリスのG16E-GTSをベースに、直噴インジェクターによる水素燃焼エンジンを開発し、カローラスポーツのボディに搭載してスーパー耐久仕様のマシンを製作。早期着火や水素チャージの時間ロスに苦しみつつも、デビュー戦の富士24時間レースで完走を果たすなど、着実な成果を上げてきている。
■水素エンジンでレースに出場して新しい選択肢を示した
水素燃焼エンジンはBMWやマツダなどが取り組んできた歴史があるが、常に課題だったのは早期着火と水素燃料の搭載性だ。水素混合気の最小着火エネルギーはガソリンの十分の1。内燃機関に応用すると高温の排気バルブ周辺で容易に早期着火を引き起こす。
また、エネルギー密度の低い水素は液化するか圧縮しないと実用に難がある。BMWは液体水素にトライし、マツダは圧縮水素を選択したが、カローラスポーツはMIRAI用の圧縮水素タンクを1本増設して使用している。こういう課題をモータースポーツへの参戦を通じて解決して行こうというのが、共同研究の意義とされている。
ただ、個人的には水素エンジンレーシングカーの開発には、もう一つ重要な裏テーマがあると睨んでいる。それは、カーボンニュートラルを実現するための方法はひとつではないという事実を、水素燃料レーシングカーを実際に走らせることで広く大衆にアピールする任務だ。
世の中にはバッテリーEVさえあればクルマのCO2問題はすべて解決するといった極論を唱える人もいるが、それに対して論理的な反論をしてもなかなか通じない。たとえば、走行中のCO2排出ゼロをアピールするEVに「発電所からCO2出てるよね?」と言っても、普通の人は意外にピンとこないのだ。
そういう意味で、水素カローラスポーツには分かりやすいインパクトがある。まず、エコとは縁遠いレーシングカーなのに、走行中に排出するのは水(H2O)だけという鮮やかな対比が面白い。くわえて、レースでは豊田章男社長自らステアリングを握るなどアピールしたおかげもあって、メディアの関心も上々だ。
トヨタは以前から「CO2削減に関しては全方位で技術的な可能性を追求してゆく」と明言しているが、水素エネルギーはMIRAIなどのFCEVに限らず、広く内燃機関でも利用可能。それを示す良い広告塔になったと思う。
■水素をベースとした「e-Fuel」が持つ可能性
ただし、水素を燃やす内燃機関が将来ポピュラーな存在になるかといえば、ぼくの個人的な意見としてはNOだ。
前述のとおり、水素燃焼エンジンには早期着火と水素の搭載性という二つの技術的課題がある。すでに実用段階に入ったMIRAIが存在するだけに、あえて内燃機関で水素を燃やす意味は希薄。FCは純度の高い水素を要求するという問題はあるが、ピュアな水素を使うなら燃料電池に使う方が賢い。
それよりも、どうせ水素を大量生産するなら、CO2と反応させて炭化水素を造り、ガソリンを代替する合成液体燃料として利用すべきだろう。
この合成液体燃料は通称“e-Fuel”と呼ばれるものだが、フィッシャー・トロプシュ法という触媒反応を経たあと石油精製プラントで処理することでガソリンや軽油が取り出せる。
ベースとなる水素は電気分解によって生成する構想だから再生可能エネルギーや原子力の利用が必須だが(そうでないとカーボンニュートラルにならない)、やり方次第では内燃機関とカーボンニュートラルを両立させることも可能というわけだ。
この“e-Fuel”ならば、いま走っているガソリン車が無改造でそのまま利用できる。もちろん、“e-Fuel”を製造するには余計なエネルギーとコストがかかっているが(資源エネルギー庁の試算によるとガソリンでリッター700円)、モータースポーツで使用するなら量的にもコスト的にも許容範囲。
FIAは2030年からF1の燃料をカーボンニュートラル 化すると表明しているようだが、日本勢はF1に先んじてモータースポーツのe-Fuel化を推進すべきだと思う。
■マツダはバイオディーゼルエンジンを進める
内燃機関でカーボンニュートラルを実現するというテーマでは、マツダが挑戦するバイオディーゼルレーシングカーも大きな可能性を秘めている。バイオ燃料は“e-Fuel”よりはるかに長い歴史と実績があって、アメリカはトウモロコシ由来、ブラジルはサトウキビ由来、インドネシアではパーム油からバイオエタノールが造られている。
マツダが挑戦するのは、従来のバイオ燃料とは異なる藻類由来の軽油。ミドリムシで有名なユーグレナ社は、藻類由来のディーゼル燃料やジェット燃料の開発に取り組んでいるが、その成果として生まれた100%バイオ燃料「サステオ」で、マツダ2ベースのディーゼルレーシングマシンを走らせるという。
ちなみに、アメリカのバイオエタノール生産量は2018年の時点で日本のガソリン消費量を上回る6千万キロリットル以上。2位のブラジルがその約半分。われわれ日本人が想像するよりはるかに大規模に利用されている。
ただし、植物由来のバイオ燃料は原料栽培に大面積の土地が必要なのが欠点だったわけだが、藻類由来のバイオ燃料は単位面積当たりの生産効率やCO2吸収効率が高いことが魅力で、マツダもそこを評価したものと思われる。
こういう新しい技術に光が当たってくるのは、全固体電池の開発が進むのと同じくらい、CO2削減にとって素晴らしいこと。いたずらに内燃機関を廃止しろと叫ぶのではなく、賢く、誰も取り残さず、カーボンニュートラルという目標を実現したいですね。
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