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1月17日に開会した通常国会で経済安全保障推進法案が審議される。その中での重要テーマの一つが、サプライチェーンの強靭化である。半導体や医薬品などの重要物資を安定的に確保するために国内生産基盤の強化などを推進する政策について議論されるだろう。

本稿ではそれに関連して、日本の半導体メーカーがなぜ衰退したのかを論じたい。その前に経済安全保障とは何か、簡潔におさらいしておこう。経済安保とは、主に「戦略的自律性」と「戦略的不可欠性」という2つの要素で構築される。

dem10/iStock

まず、戦略的自律性とは、たとえば、重要物資の供給を特定の国・地域に依存していることで万が一その国と関係が崩れたり、その国の周辺地域で有事が発生したりして供給が止まった場合、国民生活・経済に大きな支障をきたすリスクがあるが、それを回避するための手立てを考えておくことである。そうした重要物資がないか産業ごとに洗い出しておくことから対応すべきであろう。

続いて戦略的不可欠性とは、戦略的自律性とは反対の考え方で、たとえば材料や製造装置などの分野で日本に頼らなければ、簡単に造れない製品があるようにしておくことだ。要は、世界の産業界から日本が一目置かれる存在であり続けるという意味である。ここでは科学・技術の発展や人材育成がカギとなるだろう。

なぜ日本の半導体産業は衰退したか

本題に入ると、半導体の供給を海外に依存していては、戦略的自律性の観点から問題がある。このため政府は半導体生産の国内基盤を強化しようと、世界最大の半導体受託生産企業の台湾積体電路製造(TSMC)に対して補助金を出して熊本県内に誘致し、ソニーとの共同運営で生産工場を稼働させる。

半導体受託生産企業とは、いわゆる「GAFA」などが設計した半導体の生産を専門に受け持つ企業のことだ。コンピューターの処理能力の向上とともにそれに使うハイスペックな半導体が求められており、TSMCが現在開発を進めているのは、最先端の微細加工技術を使って回路の線幅が2ナノメートル(ナノは10億分の1)のものだ。

台湾にあるTSMCの生産施設(BING-JHEN HONG /iStock)

これに対して、TSMCが熊本で生産を開始するのは20ナノメートル台の半導体で、何世代か古いものである。これをもって、旧世代の半導体生産の誘致に補助金を出すのはばかばかしいといった指摘も出ているが、筆者は国内で生産して安定的な供給体制を構築するという前述した戦略的自律性という観点からは必要な政策だと感じている。

一方で同じくTSMCが米アリゾナ州で建設する半導体工場では現行で最先端とされる5ナノメートルの製品を生産する。TSMCが製造する製品が、日本では旧世代なのに、米国では現行で最新なのはなぜか。ここをもっと考えてみる必要がある。そこに、日本の半導体産業衰退の要因の一つがあるように思えてならない。ここで言う「衰退」とは、最先端の半導体を生産できるメーカーがなくなったことを指す。

日本で最先端の半導体を造ることができるメーカーが消えてしまったのには大きく2つの理由があると思う。一つは、国内に最先端の半導体を求める企業が減ったことだ。もう一つは、半導体を使うトヨタ自動車など主にサプライチェーンの頂点に立つ企業側に産業を育てるという視点が欠けていたことだ。

「生かさぬよう殺さぬよう」買い叩く

TSMCが米国で5ナノ製品を造るのは、アップルなどの大口ユーザーが最先端のものを求めているからである。それに対して日本の自動車メーカーや電機メーカーといった大口ユーザーは最先端のものを求める傾向にない。

日本で最も大口ユーザーと見られる自動車メーカーが制御用に使うECU(エレクトリック・コントロールユニット)向けの半導体は40ナノ程度と見られている。このため、日本の半導体メーカーであるルネサスの微細加工技術も同程度にとどまっている。端的に言えば、国内に最先端のものを使う企業がないから、造る企業が育たないのである。最先端の半導体製造は、ニーズがあってこそ育つものと言えるのだ。

ロボットによる半導体製造(※画像はイメージです。Aguus /iStock)

しかも自動車メーカーとして最も大きなバイイングパワーを持つトヨタはこれまで半導体メーカーに対して過剰品質を求めながら購入価格を買い叩いてきた。この結果、半導体メーカーの収益性が落ち、次の技術に投資する余力が低下した。こうした悪循環に陥っている面は否めない。

トヨタ側にすれば、半導体企業が収益を上げて力を付ければ、歯向かってくる可能性があるため、言葉は悪いが、江戸時代の百姓のように「生かさぬよう殺さぬよう」な状態に半導体メーカーをとどめおき、自分たちの言いなりで動くようにしておくことが得策だったわけである。

5、6年ほど前に、モーターで世界一の実力を誇る日本電産がルネサスの買収に動いたが、トヨタや日本経団連が反対して阻止したと産業界では言われている。日本電産のように力のある会社がルネサスを買収し、業績がよくなれば、トヨタの言うことを単純に聞かなくなるからだろう。

半導体メーカーを「育てていく」発想へ

電気自動車(EV)、自動運転、人工知能(AI)、ロボット、高性能通信機器などの次世代産業の発展のためにも優れた半導体技術は欠かせない。産業競争力維持のために半導体産業の育成は重要なのだ。

日本の産業競争力を維持し、戦略的自律性と不可欠性を維持していくためにもトヨタのようなサプライチェーンの頂点にある企業が、半導体メーカーを買い叩くのではなく、育てていく発想が求められる。そこでは安定的な調達とは別のアングルで、政府は関連企業に投資し、人材を育成することへの補助も忘れてはならないだろう。

日本の基幹産業である自動車産業においては自動運転やEVの技術がこれから重要性をさらに増すだろう。それらの領域では画像処理やエネルギーマネジメントの高度な技術が求められると同時に処理能力の高いハイスペックな半導体が必要になる。元日産自動車でスマートEVや半導体に詳しい名古屋大学客員准教授の野辺継男氏はこう語る。

スマートEVの時代になると、車載コンピューターで使う半導体は10ナノメーター以下の微細加工のものが必要となり、すでに米テスラを先鋒にして欧米の自動車メーカーは数ナノメータークラスのものを求めているとの情報もある。日本メーカーが求める水準とはかなり違っている

トヨタはこれまで自動運転やEVの商品化に前向きとは言えなかった。最先端の技術を商品に取り込むことを避けてきた。こうした分野はまだ収益が出づらいことが大きな要因で、着実さをモットーとするトヨタらしい判断ではある。

しかし一方で、電機をはじめ日本の製造業が全般的に競争力を低下させる中、巨大な購買力を持って影響力の強いトヨタのこうした姿勢が、国内で最先端の半導体の需要を創出せず、国内半導体メーカーの技術的な進化を遅らせることに繋がってきた一面がある。

トヨタの新たなEV戦略を発表する豊田章男社長(写真:AFP/アフロ)

筆者のトヨタ批判の「真意」

最近、筆者はトヨタ批判を展開することが多いため、「なんでもかんでもトヨタの悪口を言っている」と指摘されることがある。そう見られても仕方ない面はあるが、最後に一つ言っておきたい。

昭和や平成の時代に日本の産業界をけん引し、日本経済に大きな貢献をしてきた1社がトヨタであることは間違いない。その功績は認める。筆者もトヨタを長くウオッチしていることで自動車産業を通じて経済を論じることができるようになった。

しかし、時代が大きく変化する中で、トヨタ的経営手法の一部は陳腐化するどころか、日本の産業界の発展を阻害するリスクになりかねないと感じ始めている。それを問題提起することは、トヨタは大きな広告主であるため、大手メディアではできづらい。トヨタ自体もメディア統制に動いている。

トヨタに対してモノが言いにくくなった今だからこそ、敢えてトヨタにモノ申すのがジャーナリストの役割だと思って執筆している。