今ウクライナ情勢が風雲急を告げている。本稿執筆時点(2月19日)で、ロシアはウクライナへの本格的な侵攻に踏み切っていないが、すでに国境付近などに10万人以上の軍隊を派遣。最近この一部を撤退させると言ってはいるが、ウクライナに圧力をかけ続けている。
これに対してアメリカは、もしロシアがウクライナに侵攻すれば、即座にこれまでにない格段に厳しい経済制裁措置をロシアに科すと言っているので、プーチン大統領もなかなかウクライナに侵攻しづらい。
経済制裁はロシア以外にも影響
アメリカの言う厳しい経済制裁の内容は、本稿執筆時点では明らかになっていないが、ロシア経済に与える打撃の強さと世界経済への跳ね返りの大きさをバランスにかけて、金融制裁やハイテク・国防関連製品の輸出禁止などが中心になるのではないかとみられている。14日には、G7財務大臣会合で対ロシア制裁について話し合いが行われたが、財務大臣なのでそこでの話題は金融制裁が中心だったと思われる。
金融制裁の内容としては、プーチン大統領など政権幹部の資産凍結やロシアの大手銀行がドルを使った取引をできなくすることのほか、SWIFTという国際送金システムをロシアとの取引で使えなくすることなどが取りざたされている。
こうした金融制裁案が単にロシアに対するブラフ(脅し)であればよいが、もし本当に厳しい金融制裁措置がとられると、ロシア経済に対する破壊力が大きいので、ロシアもそれに応じた規模の対抗措置を取ると思われ、世界経済への悪影響が心配される。
仮にSWIFTシステムからロシアが排除されたり、ロシアの大手銀行がドル資金を取り扱えなくなると、ロシアに天然ガス、原油、小麦などの輸出代金が入って来なくなる。それはロシアを現在厳しい経済制裁を受けているイランや北朝鮮、ベネズエラと同じように扱うことに他ならないが、大資源国のロシアが相手ではこれらの国々とは大分勝手が違う。
確かに厳しい金融制裁は、経済が崩壊するほどの大打撃をロシアに与える。しかし、ロシアにしてみれば代金をもらえないのに天然ガス、原油、小麦を輸出する理由がない。当然ながらこれらの輸出はストップして、その影響は欧州諸国をはじめ世界に及ぶことをアメリカ等ロシアに経済制裁を科す国々は覚悟しておかなければならない。
世界第2位の産油国への制裁で何が起きる
メディアでは欧州がロシア産に大きく依存している天然ガスの問題がクローズアップされている。EUが輸入する天然ガスの41%はロシアからのものだからだが(eurostat資料、2020年)、今年の冬は、欧州諸国の天然ガス在庫が例年以上に少なくなっているだけに、ロシアからの供給停止が欧州諸国に与える影響は大きい。
このためアメリカは、カタールをはじめ日本、韓国、中国などに欧州へのLNG(液化天然ガス)の融通を要請し、日本政府も寒波で電力需給の厳しい中ではあるが日米同盟関係を考慮して融通することとしたことは周知のとおりだ。しかし、それでもロシア産天然ガス依存度の高いドイツなどにとって影響は大きいだろう。
ちなみに日本もロシアからLNGを総輸入量の8.2%(財務省貿易統計、2019年)輸入している。
しかし、ロシアからの供給停止の影響が大きいのは天然ガスだけではない。ロシアはアメリカに次ぐ世界第2位の産油国(2020年)で、サウジアラビアに次ぐ世界第2位の原油輸出国だ。EUは原油の全輸入の27%(eurostat資料、2020年)がロシアからのもので、ロシアに大きく依存しており、ロシアからの原油輸出が止まると欧州諸国は大変なことになる。
また、それだけでなく、世界の原油価格も大きく上昇するはずだ。最近のウクライナの緊張の高まりを受けて、原油価格は1バーレル=90ドル台半ば辺り(指標となるWTIの価格)を推移しているが、ウクライナでの緊張が続けば、いずれ100ドルを超えることが市場関係者の視野に入っている。そして、もしロシアからの供給が本当に停止する状況になれば、1バーレル=150ドルもあり得ないことではなく、その場合、日本経済も大きな影響を受ける。ガソリンの小売価格は1リットル=200円を軽く超えるだろう。
世界の物価に強い上昇圧力
さらに小麦もロシアは世界最大の輸出国なので、仮にロシア産小麦の輸出が完全にストップすると、国際的に小麦価格が上昇して、日本でも小麦粉、パン、カップ麺などは再度値上げせざるを得なくなるだろう。
これ以外にも、ロシアは自動車の部品などに欠かせないアルミニウムの世界有数の輸出国だし、自動車の排気ガス浄化に使われるパラジウムもロシアが世界第1位の輸出国なので、ロシアからの輸出が止まるとこれらの価格も跳ね上がる。
つまり、対ロシア経済制裁の結果、世界の物価に強い上昇圧力が働くということだ。
アメリカでは、1月の消費者物価が前年比7.5%の上昇となっているが、これが二桁の上昇になってもおかしくない。ロシア制裁の影響を受けるのは欧州だけでなく、アメリカにも跳ね返りがあるのだ。
今バイデン大統領は、アフガン政策の失敗やなかなか収束しないコロナ感染に加えて、物価の上昇が止まらないことで支持率が低下している。アメリカ国民の多くは、遠くのウクライナの紛争よりも日々のパンやピザ、ガソリンの価格の上昇に関心が向いているが、果たしてバイデン大統領は、厳しい経済制裁を科した場合の物価への影響を読み切った上でロシアと対峙しているのだろうか。
キューバ危機の時のケネディ大統領のように、米ロのにらみ合いのギリギリのところでロシアの譲歩を勝ち取れば、バイデン大統領の支持率は一気に上がるかもしれないが、それは危険な賭けだ。今はアメリカもロシアも自制するべき時ではなかろうか。