通常国会が17日に開会し、岸田首相が施政方針演説を披露した。コロナ対応や、核兵器のない世界を理想に「国際賢人会議」の広島での年内開催をめざす構想といったところがニュースの主な見出しになっているようだが、ネット上の投資家クラスタの間では、企業の「四半期開示の見直し」にツッコミが殺到している。
まるで山本太郎ばりの所信表明
筆者も夜になって演説を全文見てみたが、「新しい資本主義の実現」のくだりでは、「市場に依存し過ぎたことで、公平な分配が行われず生じた、格差や貧困の拡大」「市場や競争の効率性を重視し過ぎたことによる、中長期的投資の不足、そして持続可能性の喪失」などと述べるなど、その部分だけに限っては、まるで共産党の志位和夫委員長やれいわ新選組の山本太郎氏が読み上げても違和感がないフレーズが散りばめられている。
「新しい資本主義」のおおよその中身について、岸田首相は文藝春秋の2月号にも寄稿しているが、山崎元氏が喝破していたように「岸田首相は『資本主義の本質』をわかっていない」。そこでも述べられているように、「日本が新自由主義の段階に達したことなど一度もない」し、「日本の経済が残念な状況にあることの根源には、資本主義的というよりはむしろ縁故主義的な社会・経済運営の閉塞性」こそが問題なのだ。
政治に詳しくない投資家の人たちからすると、信じられないだろうが、岸田氏はかつて銀行員だった。大学卒業後、政界に入る前は旧長銀に5年ほど勤務。ご本人の著書によると、本店の外国為替業務という経済の上流から、高松支店で企業担当として倒産の現場にも立ち会うという街場の経済まで一通り経験していたようなのだが、どうも後者の体験がよほど痛烈だったのか、やたらに市場のメカニズムやダイナミズムを忌避する姿勢が滲み出ている。昨年末に官邸での執務室から株価ボードが撤去されたとの噂(岸田事務所は否定)が取り沙汰されても信じる人が多かったくらいだ。
「四半期開示の見直し」に疑義
首相の資本主義への理解が微妙に感じる一つが、まさに演説にも盛り込んでいた「四半期開示の見直し」だ。株主から突き上げられる機会を減らすことで企業が短期的な思考に陥らず、長期的な視点で投資を含めた経営戦略を立てやすくするというのが狙い。岸田氏は総裁選に出馬した段階から公約に入れており、総裁選で岸田氏と争った高市早苗氏(現自民党政調会長)も強く主張していた。その後の衆院選の自民党マニフェストにも盛り込まれていた「既定路線」なので、驚きは全くない。
しかし、これも衆院選の最中に筆者が指摘したように、関西スーパーの争奪戦で危うい株主総会や、既存株主との不可解な関係があったように、日本の上場企業にはいまだに「株主軽視」と受け取られる騒ぎを起こしている現実が存在する。
「四半期開示の見直し」を推進する側からすると、欧米で過去10年間にこの見直しの動きがあったことを挙げるが、イギリスで興味深い研究もある。イギリスでは2007〜14年の7年間だけ、四半期開示が行われていたが、半期開示に変更された後、企業側にどのような変化があったのか検証したところ、次のような結論に達している(論文冒頭の概要より、太字は筆者)。
2014年以降、四半期報告から半年報告に自主的に戻った企業では、アナリストのカバレッジ(注・調査発表)が減少したが、企業投資のレベルに事実上の増加は見られなかった。四半期ごとの義務的な報告を課すことは、企業の投資決定に実質的に影響を与えないと判明した。
金融リテラシーが低いからウケる
この論文が発表されたのは2016年だが、当時は日本で全く話題にならなかった。アメリカでも同年に誕生したトランプ政権下で一時「四半期見直し」が検討されたくらいだから、他国での認識も似たようなものかもしれないが、野村総研の大崎貞和主任研究員がこの論文を日本で紹介したのは2017年。大崎氏はこの年まで金融庁金融審議会委員を務めており、以後5年近くの間に金融庁もこの研究結果を知らなかったとは思えない。
岸田首相お得意の「聞く耳」にも知らされていたのかはわからないが、知らされていたとしても「分配」を重視する首相はとりあえずやってみようと突き進むような気さえする。NHKの世論調査を見る限り、首相の賃上げ構想に大半の人が期待はしてないものの(「あまり上がらない」が58%、「まったく上がらない」が14%)、内閣支持率は就任から3か月で49%から57%に上昇の一途だ。
そういう意味では岸田首相は平均的な日本人の願望を集めやすい。2000兆円の個人金融資産のうち6割近くが現預金で、先進国で最も「投資というリスクをとらない」日本では、金融リテラシーが総じて高いとはいえず、「中間層を分厚くする」とか「格差を是正する」とでも言っておけば大衆ウケはよく、岸田首相は参院選での勝利が見えてくると思っているはずだ。野党の支持率もどんぐりの背比べ。かくして“新しい社会主義”国家の完成がまた一歩近づいている。