トルコン式オートマといえば4速がスタンダードという時代が長かったように思えるが、今や6速~7速は当たり前、高級車やスポーツカーでは9速や10速が登場している。自分で操作するようなユーザーでなければ、自分のクルマが何速に入っているかなどと意識することも少ないだろう。
別に変速段数が多ければ偉いというものではないだろうが、なぜこれほど多段化が進んでいるのだろうか。今回はATが多段化する理由を考察したい。
文/藤田竜太、写真/TOYOTA、NISSAN、ベストカー編集部
■多段化の波がとまらないAT車
いまやベンツの9速AT、レクサスやホンダの10速ATと聞いても驚かなくなるほど多段化が進んだATの世界。しかし、少なくとも1990年代までは4速ATが当たり前で、平成元年、日産のY31セドリックに世界初の5速ATが採用されたときはニュースになった。
それが2000年代に入るとミドルクラスでも7速ATが登場し、2015年にはベンツのCクラスも9速ATに……。
かつてはMTの方が多段化を競ったが、いまやMTよりもATの方が一気に多段化へシフトしている。どうして、世界の自動車メーカーが競うように多段化に走り出したのか。
それは燃費性能の優先順位が高まったためだ。エンジンの燃費性能は燃料消費率で表される。燃料消費率は、燃料の消費量を出力で割った数字で単位は「g/ps-h」。
この燃料消費率が最も小さい回転数は限られていて、仮にあるクルマの燃料消費率が最少になる回転数が2500回転だとしたら、つねにその回転数をキープすることが燃費向上の近道になる。
そして街中から高速道路、山道や渋滞の中まで、あらゆる速度域、あらゆるシチュエーションでなるべく燃料消費率の小さい回転数を保つには、ミッションの多段化が有効だ。
■燃費向上のためにスムーズな変速が有効
なぜ多段化が燃費に有効なのか、もう少し詳しく説明すると、多段化のメリットは、レシオカバレッジ(適用可能な変速比の範囲/最低速段÷最高速段の値)が大きくできることにある。
具体的にいうと、4速ATのレシオカバレッジは4.0前後。MTでは多段の部類に入る6速MTだと4.7ぐらい。
2022年に登場する新しいフェアレディZの9速ATは9.087なのでその差は圧倒的。この数字が大きいほど、エンジンの回転数が低いまま走れる車速の幅が広くなり、滑らかでスムースな走りが実現する。
滑らかでスムースといえば、無段階変速のCVTに分があるように思えるが、CVTはレシオカバレッジが大きくとれないという弱点が……。一般的なCVTのレシオカバレッジは、5.5~6程度といわれている。
ただ、ここへ来てスバルのリニアトロニックCVT(レヴォーグなど)のように、レシオカバレッジが8.098もあるCVTも出てきたので、AT対CVTの対決はまだまだ決着がつきそうもない。
■スポーツ走行にも有効な多段AT
さて、話を多段ATに戻すと、多段ATには大きなレシオカバレッジ=変速比幅を、たくさんのギヤで割ることで、ステップ比(前後するギヤ比の差の比率)を小さくできるメリットもある。
ステップ比が小さければ、加速中もそれほどエンジンの回転数を上げる必要がなく、変速ショックも小さいし、ギヤとギヤの繋がりもよくなり、加速フィールも気持ちいい。ただ、同じ多段ATでも、メーカーによって、そして車種によってステップ比は変わってくる。
燃費を重視する車種であれば、レシオカバレッジをできるだけ大きくとって、ステップ比もワイドレシオにする方向性だ。
しかし、燃費よりも運動性能、スポーティーさに重きを置く車種だとレシオカバレッジを広げすぎずに、ステップレシオを小さめにして、シフト回数を増やしても、ドライバビリティやスポーティーな伸びの良さに振ってくるケースが多い。
もうひとつ、遊星歯車を利用しているATは、MTやDCTと違って、多段化してもミッション自体があまり大きくならずに済むという特徴があり、その点でも多段化に適しているといえるだろう。
■DCTも軽くコンパクトに進化
最後にDCTにも触れておこう。トルコンなどを介さないDCTは伝達ロスの少なさとダイレクトさではATやCVTよりも優秀なミッション。
本格的なスポーツカーに好んで採用される2ペダルシステムだが、多段化するとスペースの面で不利になるのと、発進時の滑らかさや変速ショックの少なさでは、多段ATに軍配が上がる。
しかし、DCTでもポルシェの8速PDKや、フェラーリSF90ストラダーレのゲトラグ製の8速DCTなど、多段化は進んでおり、より軽く、省スペースで、燃費面でもプラスになるDCTも出てきた。
CVTはCVTで駆動損失を減らしたり、副変速機を付けてレシオカバレッジを広げたり、改良・改善を続けている。
肝心な多段ATに関しては、乗用車で使うことを考えると、12段、14段と段数を増やしてもさすがに旨味があるとは思えないので、10速ATぐらいで多段化の波は収まるはず。あとはDCTやCVTを横目で見ながら、改良改善を繰り返し、それぞれがミッション界の頂点をめざし、しのぎを削ることになるだろう。
一方で、EVやハイブリッド車のように、起動トルクが最大トルクの電動モーターが動力源になるとミッションの必要性は……。でもポルシェのEV「タイカン」にはZFの2速トランスミッションがついているし、ミッションの技術競争はまだまだこれからが本番かもしれない。
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