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舞台は地球から宇宙へ!? なぜ自動車メーカーは“月面”を目指すのか?

 2022年、世界各国は月探査機を続々と打ち上げる。日本だけでも3機の無人探査機を月面に着陸させようとしているのだ。

 月開発ラッシュとも言えるこの状況のなか、自動車メーカーが宇宙産業に参入しつつある。トヨタは月面有人ローバーの開発を進め、日産も探査ローバーの試作機を公開し、ホンダは宇宙エネルギー製造システムを発表した。そしてテスラの主宰であるイーロン・マスクはスペースXを牽引し、宇宙産業において数々の革命を起こし続けている。

 なぜいま世界の自動車メーカーは月面を目指すのか? どんな技術を宇宙に活かそうとしているのだろうか?

文/鈴木喜生、写真/トヨタ、ホンダ、JAXA

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アポロの月面車はポルシェが設計、GMも貢献

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アポロ計画で使用された「LRV」 写真/NASA

 かつて宇宙開発に自動車メーカーが関わった事例としては、アポロ15号(1971年)から17号(1972年)に搭載された「LRV」(ルナー・ローヴィング・ヴィークル)が挙げられる。このローバーを設計したのはポルシェ社であり、GM社製のバッテリーとタイヤが搭載され、ボーイング社が製造した。

 車両は全長3m、質量209kgで、折り畳まれた状態で月着陸機の側面に搭載。クルーはそれを船外活動によって降ろし、2名が搭乗した。

 LRVは電動車であり、バッテリーは36V121アンペアの酸化銀電池を2本搭載。最高時速17.1kmを記録し、アポロ17号のLRVはトータル約36kmを走行している。

 他の天体へヒトが降り立ったのはアポロ計画だけなので、このLRVは実際に運用された史上唯一の有人宇宙ローバーと言える。

GMは、再び月面車を開発中

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ゼネラル・モーターズ・デザインによる月面バギーのコンセプト・デザイン 写真General Motors Design

 アポロ計画から半世紀が経ったいま、GM社はまた新たな月面ローバーの開発に着手している。

 NASAは現在「アルテミス計画」を進めているが、この計画では2025年にヒトを月面に送り込もうとしている。効率良く月面を探査するには移動手段が必要であり、そのためGM社は現在、ロッキード・マーティン社とともに新型の有人月面ローバーを開発している。

 両社は2021年5月に開発着手を発表。そのリリースには、「宇宙飛行士が月面に降下する前に、ローバーを着陸地点近くに自律的に配車できるよう、自動運転装置を搭載する」ことなどが書かれている。

 しかし、具体的な情報は公表されておらず、同社デザイナーのインスタグラムにコンセプト・イメージが投稿されるだけ。ただし、そのデザインのバリエーションは豊かだ。

 NASAはいま、在米企業に対して月面ローバーの提案を求めている。両社はそれに応募したわけだが、おそらく、NASAが必要とする理想的なローバーのカタチを探っているのだろう。NASAと蜜月関係にあるロッキード・マーティン社が情報を仕入れ、GM社のデザイナーが「こんなのも作れますよ」と、NASAに呼びかけているようにも思える。

トヨタの「ルナクルーザー」がもっとも進んでいる?

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トヨタが開発する月面ローバー「ルナクルーザー」。そのフロント・デザインは同社の「ランドクルーザー」を踏襲している イラスト/トヨタ

 宇宙ステーション、ロケット、月着陸機など、次世代の宇宙機材の開発の多くをNASAは民間企業に委託している。そのコンペに参加する条件とは、在米企業であること。それらの初期開発ではNASAからの資金提供があり、それは米国民の税金で賄われているのだから当然とも言える。

 しかし、計画が軌道に乗れば、他国が独自開発したツールでも使用が認められる可能性がある。ISSにおける日本の研究棟「きぼう」や、ISS補給機「こうのとり」が良い例だ。

 そしてトヨタは現在、JAXAとともに独自路線を歩みながら月面探査車「ルナクルーザー」を開発している。

 アポロ計画で使用されたLRVはオープン仕様だったため、クルーは宇宙服を着た状態でしか乗れなかった。しかしルナクルーザーは完全密閉の与圧式。2名のクルーはヘルメットと宇宙服を脱ぎ、四畳半ほどの車内で最長42日間過ごすことができる。

 このクルーザーは、燃料電池と太陽光パネルを搭載し、モーターを駆動して走行する。つまりトヨタのお家芸がここに投入されている。水素と酸素はボンベのような交換カートリッジ式になっていて、1回の充電で1000kmを走破。42日間でトータル1万kmの走行を目指している。

 2022年から本格的に始まる月探査に向け、月面ローバーの開発に着手したのはトヨタが世界でもっとも早く、そして具体的だ。その開発発表は2019年6月だ。

 GM社とロッキード・マーティン社が開発着手を発表したのは2年後の2021年5月。ノースロップ・グラマン社も月面車のバギーに着手しているが、その開発着手が公表されたのは2021年11月になってからだ。

 GM社には月面車における実績があり、他の米国企業の動向も不透明だ。しかし現状を俯瞰すると、トヨタが一歩リードしているようにも見える。

「リーフ」「アリア」の技術を活かし、日産も宇宙へ

 2021年12月、日産が月面ローバーの試作機を公開した。日産といえば、EVの「リーフ」を国内ではじめて実用販売したメーカーであり、モーター制御技術に対する自負がある。

 月面でのエネルギー補給は限られている。そのため月面ローバーには高い走破性や、高効率な走行性能が求められる。それを克服する技術が、同社にはすでにある。

 月面は、レゴリスと呼ばれる細かい粒子で覆われていて、かつ起伏に富んだ場所が多い。また、日中は100度、夜間にはマイナス240度まで温度が下がるという過酷な世界だ。その環境下でローバーを安定して走行させるため、同社は「アリア」に採用されている電動駆動4輪制御技術「e-4ORCE」を応用する。

 日産は、こうした月面ローバーの開発研究をいま、JAXAとともに進めている。

ホンダは必須エネルギーを月面で生産!?

 宇宙には空気がないのでレシプロエンジンは使えない。そのため、ここまでに紹介してきた月面ローバーはすべてモーター駆動。つまり電力が必要だ。

 電気は太陽光パネルで充電することができる。ただし、一度バッテリーがカラになると再充電には時間がかかる。これでは着陸地点から離れた広範囲を探査することが難しい。

 また、ヒトには酸素が必要だ。酸素を極低温まで冷却し、容積を800分の1まで圧縮した液体酸素にしても、地球から打ち上げるには莫大なコストがかかる。2020年代後半には月面基地の建設が始まるが、滞在クルーの人数が増えればさらに大量の酸素が必要となるだろう。

 しかし、最近わかってきたことだが、月面には「水の氷」がある。わざわざ「水の」と言うのは、二酸化炭素の氷(ドライアイス)や、メタンの氷(メタンハイドレード)なども存在するからで、宇宙科学においては水からなる氷はこう呼称する。そしてこの水の氷は、月の極地に豊富にあることがわかっている。

 こうした理由から、2022年に始まる月探査の多くは、月の極地を目指している。月面を掘削して水の氷を採取し、それを太陽光パネルによる電力で電気分解すれば、水素と酸素が生産できるのだ。そして2021年9月、その生産システムの開発に着手することを、ホンダが発表した。

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ホンダが構想する「循環型再生エネルギーシステム」。酸素、水素、電気を生産する月面工場が誕生する可能性が。ホンダはこれ以外に、ロケット開発に着手することも公表しているが詳細は未公開 イラスト/ホンダ、JAXA

 酸素はヒトにとって不可欠であり、酸素と水素はトヨタのルナクルーザーなどの燃料にもなる。また、いま開発されている大型ロケットには、燃料に液体水素、それを燃やすための酸化剤に液体酸素を採用しているものが多い。つまり、ホンダが月面に水素と酸素の生産工業を建設すれば、ロケットの復路の推進剤も、すべて現地調達できることになる。

 ホンダによるこの「循環型再生エネルギーシステム」では、月にある水を使って水素、酸素、電気を生産する。同社が培ってきた燃料電池技術と高圧水電解技術を活かせば、それは実現可能だとされ、現在JAXAとの共同開発が進められている。

 これまでに宇宙開発を支えてきたのは、ボーイング社やロッキード・マーティン社、シエラネバダ社、エアバス社など、航空機メーカーからなる企業群だった。しかし、これから始まる宇宙開拓は、月面や火星地表など、グラウンドでの探査が大幅に増える。そこで必要とされるのは、自動車メーカーが持つ技術なのだ。

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