もっと詳しく
トヨタ ホンダ 日産… 自動車産業がBEV(電気自動車)戦略に奔走する理由

 ナカニシ自動車産業リサーチ・中西孝樹氏による本誌『ベストカー』の月イチ連載「自動車業界一流分析」。クルマにまつわる経済事象をわかりやすく解説してくれると好評だ。

 第三回となる今回は、加速する国内メーカー各社のBEV(電気自動車)戦略、その背景を取り上げる。

 BEV戦略に奔走する各社。その背景には「3つのトリガー」が存在するという。それは一体何か?

※本稿は2022年1月のものです
文/中西孝樹(ナカニシ自動車産業リサーチ)、写真/TOYOTA、ベストカー編集部 ほか、撮影:三橋仁明/N-RAK PHOTO AGENCY
初出:『ベストカー』2022年2月26日号

【画像ギャラリー】トヨタ ホンダ 日産… 3社のBEV戦略をクイックチェック!(12枚)画像ギャラリー

■加速する各社のBEV(電気自動車)戦略 背景には3つのトリガーが

 昨年(2021年)は衝撃的なトヨタ自動車の「電気自動車(BEV)戦略」で1年を締めくくりました。

 今春も日産、本田技研のBEV戦略が続く見通しです。なぜこれほどまでにカーボンニュートラルの実現に向けた自動車産業の社会的責任が重視されることになったのか。

 背景には3つのトリガーがあったと考えます。

 第1に、トランプ政権の崩壊です。トランプ政権は2015年のCOP20(パリ協定)で浮上した「気温上昇を1.5度に抑える努力目標」への流れを堰き止める巨大なダムの役割を果たしていたのですが、2020年秋に堤防は決壊し激流へと急変しました。

 第2のトリガーは新型コロナで加速した「欧州グリーンディール」政策です。気候温暖化政策と経済安全保障をカップリングさせたエネルギー・産業政策で、カーボンニュートラルと経済成長の両立を目指した欧州のルールメーキングです。

 欧州は新型コロナの激震地となり、そこからの経済復興を目指すために、欧州グリーンディールは産業強化に力点が移行しました。復興資金が起債され、7年間で100兆円もの巨額予算が欧州グリーンディール政策を後押しすることになったのです。

 第3はサステナブルファイナンスです。カーボンニュートラルを実現するための変革を金融セクターから誘導する意味で、ESG投資と言われる資金勢力が増大して、企業経営に大きな圧力を加えているのです。

 企業は、資金調達コストの上昇や企業価値評価の低下に留まらず、株主代表訴訟やブランド価値の失墜にもつながりかねません。その矛先になりやすいのが自動車メーカーであり、昨年環境団体グリーンピースに酷評されたトヨタの危機が好例です。

昨年(2021年)12月、2030年までにBEV(バッテリー式電気自動車)30車種を発売し、年間販売台数の約4割に相当する350万台をBEVにすると発表したトヨタ。(撮影:三橋仁明/N-RAK PHOTO AGENCY)

■環境への対応は「貢献」から「必須項目」に

 カーボンニュートラルと言えば、かつては管理するICPP(政府間パネル)と政府との交渉事で、1国が決定する貢献(NDC)が定められ、罰金や規制で企業を管理するコンプライアンス的な性質でした。

 今や「市場メカニズム」に主眼が移行し、自主的炭素取引市場、企業の環境開示や戦略性などの対応力が問われています。

 昨年(2021年)はNDCで約束した2030年中間目標の引き上げラッシュとなりました。欧州は40%減を55%減(1990年比)、日本は26%減を46%減(2013年度比)、米国は28%減(2025年目標)を52%削減(2005年比)としたのです。

 輸送部門が全体排出量に占める比率は日本で約2割弱、欧州で3割弱、米国3割強。

 その主体である自動車メーカーは自らの存在理由を示すためにも、新目標に準拠できる2030年に向けたBEV推進の技術や財務戦略、ガバナンス(統治)構造を説明する必要に迫られたのです。

 産業全体で電動化戦略をグレートリセットし、エポックメーキングな1年となったのはこういう背景があるのです。

■日本のCO2削減にBEV推進は有効なのか?

 日本の輸送部門は2030年までに5200万トン、2013年比で35%のCO2削減が定められています。この規模は過去20年間の削減累計5200万トンに匹敵します。

 では、欧州のようにBEVを推進すれば解決に近づけるかといえば、日本は実現困難です。

 国内再生可能エネルギーの発電比率は19.5%に過ぎず、このエネルギーミックスでは発電や電池製造工程を含めればBEVはハイブリッドよりもCO2を排出してしまいます。

日本の発電エネルギー割合(2019年度データ)。日本の再生可能エネルギーの主力は太陽光発電で、政府は2030年度に全体の発電量の14~16%をまかなう目標を立てている。現状の約2倍となる

 中間目標達成には3500億キロワット/時の再エネ発電量が必要となり、日本自動車工業会の試算では総額25兆円(年間1.4兆円)近くの投資が必要となります。

 この費用は車両コストへ跳ね返り、自動車産業の国際競争力を引き下げる懸念があるのです。

 トヨタの全方位電動化やウーブンプラネットのソフトウェアとは、この八方塞がりの難局を切り開こうとしている戦略と言えるでしょう。

 こういった詳細を今後の連載でお伝えしていこうと思います。

●中西孝樹(なかにしたかき):オレゴン大学卒。1994年より自動車産業調査に従事し、国内外多数の経済誌で人気アナリスト1位を獲得。著書多数

【画像ギャラリー】トヨタ ホンダ 日産… 3社のBEV戦略をクイックチェック!(12枚)画像ギャラリー

投稿 トヨタ ホンダ 日産… 自動車産業がBEV(電気自動車)戦略に奔走する理由自動車情報誌「ベストカー」 に最初に表示されました。