2022年から、世界ラリー選手権WRCのトップカテゴリーが、従来の「WR(ワールド・ラリー)カー」から、パワートレインにハイブリッドが導入された新たな規定「ラリー1」に変更となりました。
2022年1月20日、その「ラリー1」の初戦ラリー・モンテカルロで、トヨタの「GRヤリス ラリー1」がデビュー。総合2位と総合4位という惜しい結果となりましたが、全車完走で、高い信頼性を証明しました。ハイブリッドラリーカー「GRヤリス ラリー1」に搭載された、ハイブリッドシステムの実力に迫ります。
文:Mr.ソラン、エムスリープロダクション
写真:TOYOTA
ERS(エネルギー回生)を利用したハイブリッドシステム
ラリー1となったことで変更となった主要な規定は、次の通りです。
・パワートレイン
従来のGRE(グローバルレースエンジン)規定に基づいた1.6L 4気筒直噴ターボエンジンに加えて、ERS(エネルギー回生システム)を利用したハイブリッドシステムを付加
・シャシーとサスペンション
自由度の高いパイプフレームの採用が認められ、サスペンションのストローク量は減少
・トランスミッションと駆動方式
トランスミッションは、6速から5速へ。センターデフ式が禁止され、シンプルな機構の前後デフ式4WDに変更
・エアロダイナミクス
ダクト内に空力効果を仕込むことは不可
・使用燃料
ガソリン燃料から、合成燃料とバイオ燃料を混合した100%持続可能な非化石燃料に変更
このように、ハイブリッド化や安全性能の向上によって増大した重量とコストを抑えるため、他のシステムが簡素化されています。
なんと500PS/500Nm以上の出力を発揮
ラリー1カーで採用されるハイブリッドシステムは、FIA規定のコンパクト・ダイナミック社製ERSとリチウムイオンバッテリーの組み合わせに統一。ERSは、MGU(モーター/発電機ユニット)とインバーターで構成され、一般の市販車で採用されている減速エネルギー回生システムと同じ働きをします。市販車では、減速エネルギーは燃費改善に振り向けられますが、ラリー1カーでは加速補助へと利用されます。
MGUは、減速時やブレーキをかけたときは発電機として働かせ、回転抵抗を制動力の一部として利用しながら発電した電気量をバッテリーに充電します。一方で加速時などでは、MGUはモーターとして働かせ、充電された電気量でモーターを駆動して、モーターアシストします。モーターは、可逆の電気機械変換器なので、発電機としても使えるのです。
ERSとリチウムイオンバッテリーは、車両の後部に搭載され、フル充電時にはMGUモーターの最大出力/最大トルクの134PS/180Nmで後輪をモーターアシストできます。
GRヤリス ラリー1の場合、1.6L直列4気筒直噴DOHCターボエンジンの最高出力/最大トルクは380PS/425Nmなので、ERSがフル稼働すると、システム全体では短時間に500PS/500Nm以上の出力を、爆発的に発揮できることになります。
ERSの発電/モーターアシストの効率的な使い方が、レースの勝敗を大きく左右
モーターアシストで恐るべきパワーを発揮するラリー1カーですが、使える電力には限りがあります。ERSでは、サービスパークなどで外部電源から充電ができる機能も持ち合わせており、バッテリーを80%充電してSS(スペシャルステージ)をスタートし、30%の状態でSSを終えることが規定されています。
したがってSS区間は、基本的にエンジン走行で、ここぞというときにモーターアシストでパワーアップするという使い方になります。できるだけ多くの減速エネルギーを回収し、そのエネルギーを効率的に利用することが、重要なのです。
ラリー1のハイブリッドシステムには、3つのモードがあります。
・フルエレクトリックモード
SS間のリエゾンでは、基本的にはモーター走行します。フル充電すれば、20km程度モーター走行ができます。
・SSスタートモード
SSスタート時は、バッテリーは80%充電状態でエンジンとモーターがフル稼働するため、約10秒間は最大パワーで発進できます。
・SSモード
スタート後は、走行によって電力は減ることになりますが、ブレーキで有効な回生(30kJ以上)が行われると、ドライバーがアクセルを踏むたびに、あらかじめ設定されている制御マップに応じてモーターアシストが行われます。制御マップは、車速やアクセル開度、ブレーキ踏力などのパラメーターに応じた発電マップとモーターアシストマップの2つが用意されています。
発電/モーターアシストは、マップ制御なのでドライバー自身が発電とモーターアシストをコントロールするのは、事実上困難。ドライバーは、昨シーズンまでのガソリンエンジン向けのアクセルワークから、エネルギー回生を考慮した、新たなアクセルワークを身に着ける必要があります。ドライビングテクニックの進化とともに、発電/モーターアシストを制御するマップの最適化が、勝負の分かれ道になります。
2022年初戦は、惜しくも総合2位と4位
冒頭でも触れましたが、トヨタのGRヤリス ラリー1は、「ラリー1」の初戦ラリー・モンテカルロにおいて、2021年のWRCチャンピオンのセバスチャン・オジェ選手が総合2位で表彰台、カッレ・ロバンペラ選手が総合4位、勝田貴元選手が総合8位、エルフィン・エバンス選手が総合21位でフィニッシュ。出走4台、すべてが完走を果たしました。本命のオジェ選手は、トップを快走していましたが、最終日にパンクに見舞われるなどで、悔しい逆転負けでした。
You Tubeでレースの様子を観ましたが、SS区間の走行は相変わらずのラリーらしい爆音の連続でしたが、ロードセクションではモーター走行で静かでした。激しいサウンドはモータースポーツの醍醐味でもありますが、ハイブリッドのラリーカーという、新たな時代へ移り変わった瞬間といえるでしょう。
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歴史と伝統あるWRCが、電動化、非化石燃料となり、カーボンニュートラルに向けて踏み出しました。将来的には、エンジン排気の爆音が、キーンというモーター音に変わっていくのかも知れないと考えると、少し寂しい気もしますが、持続可能なラリーを目指すには、仕方のないこと。今後も注目していきたいと思います。
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