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テスラやスペースXの創業者、イーロン・マスク氏が、米ツイッター社株の9.2%を取得し、筆頭株主に躍り出たとみられることが4日、明らかになった。米証券取引委員会(SEC)に提出した大量保有報告書に記載されていた。

イーロン・マスク氏(NORAD and USNORTHCOM Public Affairs/public domain)

3月に「言論の自由、不可欠」投稿

マスク氏は2009年からツイッターを愛好。フォロワー数は世界屈指の8000万を超え、過去にテスラ株の売却を巡るツイートで騒動を起こしたこともあった。今回の買収劇の「伏線」として3月下旬のツイッター投稿も再注目。

アンケート機能を使い、「言論の自由は、民主主義が機能するために不可欠だ。ツイッター社はこの原則を厳守していると思うか?」とフォロワーらの意見を募り(7割がNoと回答)、「ツイッターが事実上、公共の町の広場として機能していることを考えると、言論の自由の原則に従わなければ、民主主義が根底から揺るがすことになる」と述べていたことから、SNS事業に乗り出した格好だ。

当初は、トゥルース・ソーシャルを立ち上げたトランプ前大統領のように、既存のSNSに対抗して新たなサービスをローンチする可能性も取り沙汰されたが、そこは一時期、資産総額が3000億ドル(約36兆円)に迫るとまで言われた世界最大のお金持ちだ。すでに3億人を超えるユーザー数を誇り、自身も愛好するツイッター買収の道を選んだ。実に合理的だし、このやり方は彼にしかできない。

ただ、筆頭株主になったとはいえ、まだ保有株の比率は現時点ではひと桁だ。日本時間5日午前3時時点では、今回の買収目的に関するマスク氏の声明は出ていないが、仮に「言論の自由」奪還戦が買収目的で、その勝利を確実なものにしたいのなら、バンガード・グループなどのファンドが並み居る他の大株主と連携するか、買い増しを進めて支配率を高めるしかない。

サンフランシスコにあるツイッター本社(JasonDoiy /iStock)

とはいえ、この20年余り、ビッグテック(GAFA)の台頭で世界各地の報道機関が衰退し、SNSの普及とともにプラットフォーム側の言論支配が年々強まっていることを考えると、マスク氏の今回の買収劇は一つの問題提起として今後の展開を面白くしてくれそうで久々に興奮を隠せないでいる。

振り返ればコロナ禍を機にそうした言論規制が目に見えてきた感がある。当時は真偽不明の情報が飛び交ったこともあり、定説としてまだ認められていない事実を繰り返し提起するサイトやブログは検索表示されなくなり、動画でチャンネルごとBAN(強制停止)されることもあった。

もちろん科学的に立証しきれていない言説や陰謀論が横行するのは実に社会に実害をもたらすこともあるので一定の規制は必要だ。しかし統制の裏付けとなる理由は非開示なことが普通で、いわば「問答無用で死刑執行」される状態が健全と言い難いのも確かだ。異論を一網打尽にパージする現状のやり方だと、将来は定説になるかもしれない有力な異論が出た時に反証の機会をどう担保するのか。

ツイッターは比較的まだ緩やかな方だが、マスク氏がビッグテック各社の言論規制の動きにどういうアンチテーゼを提起するのか興味は尽きない。

「ヤフー一強」日本に示唆は?

一方、アメリカよりスケールが格段に落ちるとはいえ、日本でも既存の報道機関から新興メディアまでネットメディアは、テック側の支配力の動きに神経を尖らせている。ただ、どちらかといえば言論規制の話はほとんど意識されず、経営的な影響の方に目が向けられている。

自社サイトだけでは集客が難しいが、月間200億を超えるページビュー(20年4月)を誇るヤフーニュースなど配信先のプラットフォームとの連動でサイト本体を上回るアクセス数を稼ぐなど死活問題になっている。これまでにもヤフー側に切られてアクセス数が激減し、編集体制の大幅な縮小に至ったところもある。

ヤフーニュースより

伝統メディアは紙や放送がまだ「主軸」だから影響が一見ないように見えるが、実はそうでもない。朝日新聞は昨年3月、LINEの個人データが業務委託先の中国企業で閲覧可能になっていることをスクープし、その年の11月、新聞協会賞を受賞した。この記事は経済安全保障の重要性を世の中に認知させる契機としても注目された。

今年3月、謝罪の記者会見をするLINE出澤剛社長(左、写真:つのだよしお/アフロ)

ところが朝日は年末になり、LINEから、朝日新聞デジタルの記事がLINEユーザーの支持を得たとして表彰された。もちろんLINEの情報管理の問題ではなく、別件の福島の被災地に関する話題ではあったが、厳しく追及したばかりのプラットフォームから賞を授与されて嬉々としている異様な展開だった。

ある事情通の言葉を借りれば、当時、メディア業界では「朝日にとってLINEニュースは貴重な配信先。LINE社とこれ以上、関係を緊張させたくなかった。手打ちしたのではないか」との見方もあった。

LINEの情報管理をスクープしたエース記者が先ごろ退社を表明したこともまた意味深に感じる向きもないではないが(直接の理由は別の話があるようだが)、数々の憶測が取り沙汰されること自体、もはや“天下の朝日新聞”といえど、プラットフォームの前では“コンテンツ小作人”と化した現状を浮き彫りにしている。

それにしても、今回のイーロン・マスク氏の買収劇を見ていると、2000年代、日本でまだ既存のメディア各社が余力があったときに無策だったと改めて痛感する。

当時はライブドアがニッポン放送株を、楽天がTBS株を、それぞれ買収して支配を目指したが、あのときたとえば反転攻勢とばかりに、大手新聞社がグループの放送キー局と組んでヤフー株を数%でも買収していれば、孫正義氏に対する交渉力で違ったかもしれない。そこから友好的に連携してDXの一歩を数年でも早める選択肢もあったのではないか。

しかし、新聞社や放送局は規制業種な上に、経営陣は記者出身者が多い。「言論に対抗するには言論で」とある意味ウブな発想では、資本政策で対抗するという選択肢は基本的になかった….と、ついつい彼我の差を感じてしまいつつも、マスク氏が今後ツイッター社の経営にどうコミットしてくるのか、ますます目が離せない。