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 今から5年前の2017年、神奈川県の東名高速道路であおり運転の末に家族4人を死傷させた罪に問われている被告のやり直しの裁判員裁判が1月27日から横浜地裁で始まった。被告は「事故になるような危険な運転はしていない」と述べ、無罪を主張しているという。

 そもそもこの事件を契機に、「あおり運転は人の命を奪う危険なもの」としてクローズアップされたが、いかにあおり運転が危険なものなのか、その対応策を国は本気で取り組むべきだとモータージャーナリストの国沢光宏氏は主張する。

文/国沢光宏写真/Adobestock

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■なぜ危険運転致死傷罪を適用したのか?

 5年前に東名道で発生した「あおり運転」から始まる家族4人の死傷事件を覚えているだろうか。この事件をきっかけに「あおり運転」について、さまざまな論議を引き起こした。

東名高速でのあおり運転による痛ましい事故が発生して5年。その裁判が、やり直しとなっていることをご存じだろうか。この裁判の争点は被告人を「危険運転致死傷罪」に問えるか? ということだ

 警察と検察は、後述するとおり、なぜか『危険運転致死傷罪』を適用している。裁判員裁判で1度は謝罪した被告ながら、差し戻し後の裁判で「事故になるような危険な運転をしていない」と述べ、無罪を主張し始めた。

 どうなっているのか? まず、今回の事案に『危険運転致死傷罪』を適用することは最初から無理があったと思う。この罪、重罪ということから極端な速度違反など危険運転のパターンを明確化してある。

 そのなかに「高速道路で後続車を停止させる」というパターンは入っていない。純粋に法律を解釈すると、被告側の主張どおり「危険運転致死傷罪が適用されるような危険な運転はしていない」ということになる。

 法律というのは拡大解釈すべきじゃない。それをやったら法律なんて意味を持たないですから。

■今回のやり直し裁判の焦点は「危険運転致死傷罪」に問えるか否かだ

 また、「疑わしきは被告人の利益に」という原則もあり、今回の無罪主張、危険運転致死傷罪からすれば、認められない可能性大きい。市民感覚で罪を決める裁判員裁判なら100%有罪になるだろうが、「司法と行政はキッチリ分けるべきだ」という順法精神に富む裁判官であれば無罪にするだろう。

今回のやり直し裁判の争点について考えてみたい。例えば高速道路でイラストのようなあおり運転をしていたする。この後事故を起こし相手に危害を与えた場合、「危険運転致死傷罪」が適用となる


 私は5年前から主張しているとおり、「未必の故意による殺人罪」で起訴すべきだったと思う。そもそもクルマの運転たるもの、人の命を奪うような危険が伴い、だからこそ厳格な免許制度を構築している。

 考えて欲しい。歩いている人を故意にハネて死亡させたらどうなるだろう?これはもう危険運転致死傷罪なんかじゃなく、クルマという武器を使った殺人でしょう。

今回被告は追い越し車線上に被害者の車両を停車をさせたのち、後続車が衝突したことにより被害者に危害が及んでしまった。被告は停車させただけでその後の危害については自身の知るところでないので「無罪」を主張しているのだ

 クルマで人をハネたらどうなるかなど、誰にだってわかる。今回、被告が強引にクルマを止めさせたのは、高速道路の追い越し車線上だ。百歩譲って路肩だったなら、安全上の配慮も少しは感じます。

 けれど、高速道路の追い越し車線なんて、運転免許を持っていなくても危険だということが、誰にだって予想できる。ましてやクルマに乗っているなら高速道路の追い越し車線の危険性など充分知っている。

■未必の故意で殺人罪にも問える事例を危険運転致死傷罪にこだわる警察の事情とは?

 参考までに「未必の故意」とは「犯罪事実の発生を積極的には意図しないが、自分の行為からそのような事実が発生するかもしれないと思いながらあえて実行する」ことを意味する。今回のような事件での判例こそないが、状況からすれば紛うことなき未必の故意であろう。判例がなかったら最高裁まで争うことになるだろうけれど、相当の確率で有罪に持ち込めると法曹界の皆さんは言う。

 じゃ、なんで危険運転致死傷罪にしたのか。このあたり、警察の内部事情になってくるようだ。以下、法曹関係者の予想でしかないのだけれど、警察のなかで交通関係と刑事犯罪の担当が縦割りになっているという。

そもそも高速道路に止まる前提はない。ましてや追い越し車線上は停車するだけで危険極まりないことは誰でもわかる。それを敢えてやった被告に「未必の故意」がないとは言えないはずだ

 高速道路で発生した事件のため、当然ながら担当部署は交通関係となる。未必の故意による殺人罪で書類送検するとなれば、違う部署の担当になってくる。

 それを嫌がった、ということ。実際、警察組織の縦割り意識は猛烈に強く、自分の担当分野だと考えたら同じ警察であっても譲らない。加えて交通関係の警察としちゃ、国民の怒りだって大きいことを考慮したかったのだろう。あおり運転を何とかしたかった、ということかもしれません。

■今回無罪でも将来的に「あおり運転の厳罰化」への環境整備が警察の狙い⁉

 考えて欲しい。今回無罪になったとしよう。多くの国民は法の不備に対し、怒ると思う。

 交通関係の警察組織からすれば、国民の怒りの声を背に受けることで今回の事件を期に「あおり運転」を危険運転致死傷罪の対象に加えられる。つまり、「有罪になれば判例になって次から適用可能。無罪になったとしても法律にあおり運転をパターンとして追加することで次回から簡単に有罪化できる」と考えたのかもしれない。警察官僚、優秀な人が多いですから。

 参考までに書いておくと、被告は事件前、運転時の暴力沙汰を引き起こしており、この時点で警察がしっかり対応していればずいぶん状況は違っていたと思う。なのに、山口県の地方検察庁は不起訴処分。おとがめまったくなし、ということです。おそらく同じようなトラブルを複数起こしていたと思われる。事件後ですら他車を止めるなど、同じようなことをしている。

 このままだと無罪放免になってしまう。今後も同じような暴力沙汰を繰り返すと予想される。「完全に停止していなかったので一時停止違反」とキップを切る警察とは思えない温情のある対応に驚く。

 どうなっているのだろうか。警察はあおり運転について社会的に信頼されている識者を交え(御用学者や御用知識人じゃ意味なし)、実効性のある対応策を真摯に考えるべきだと思う。

警察や検察官僚は今回の裁判で被告に罪が問えなかったとしても、今後の危険運転の厳罰化につなげたい意図が透けて見える。過去に事例のない悲劇から身を守るためには、最大限の自己防衛策を講じる必要があるということか
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投稿 あおり運転の危険性を今、改めて問いたい! するな、させるな、あおり運転!!自動車情報誌「ベストカー」 に最初に表示されました。