今日4月1日は、エイプリルフール。毎年4月1日だけは、嘘をついても良いというのがエイプリルフールだが、近年ではあまり意識されなくなった風習ではないだろうか。しかし、日本でもほんの数年前までは大新聞が4月1日に、荒唐無稽な「嘘記事」を仕立てて、読者を驚かせたり喜ばせたりしていた。
「モスバーガーがマンモス肉バーガーを発売!」(東京新聞)、「ネスレがビール業界に参入?!」(中日新聞)といった広告を絡めたエイプリルフール記事から、「発寒区来年4月誕生」(北海道新聞)といった、地元住民以外からすると何が面白いのか分からないものまで、新聞社の多くは毎年頭を捻って1年に1回、エイプリルフールに「ジョーク記事」を出していた。
1999年の朝日「大臣ビッグバン法案」
今でも伝説的記事として一部好事家の間で語り継がれているのが、1999年4月1日付けの朝日新聞の記事だ。政治面に掲載された記事で、大見出しは「首相、閣僚に外国人 ビッグバン法案」。執筆したのは、当時の政治面編集長だった梶本章記者(その後、論説委員を経て退社、社友)。
記事の内容は、当時の小渕恵三首相が、政界の深刻な人材難を解消する策として、「閣僚等国家公務員特別職国籍制限緩和臨時措置法案」(大臣ビッグバン法案)を国会に提出する方針を決めたというもの。
大臣ビッグバン法案は、プロ野球やJリーグのように、内閣に2~3人の「外国人枠」を設けるという偽法案。記事では、候補者として元ソ連大統領のミハイル・ゴルバチョフ氏や元英国首相のマーガレット・サッチャー氏、元米国通商代表のミッキー・カンター氏などの名前が挙げられている。
少しでも記事の信ぴょう性を高めようと腐心したのだろう。ご丁寧に、「大リーガーが来てプロ野球の迫力が増し、ジーコによりJリーグが活気づいた。政界だけが鎖国していてはダメだ」という政府関係者の偽コメントまで掲載する力の入れようだった。
紙面では、「入閣が取りざたされている人たち」との見出しで、ゴルバチョフ氏やサッチャー氏の経歴や人となりを似顔絵とともに掲載。ゴルバチョフ氏の紹介文では、「難航する北方領土返還問題をスムーズに打開するため北海道開発庁長官に推す声が浮上。エリツィン大統領らにどこまで影響力を行使できるか」と、もっともらしく書かれていた。
今だったら炎上必至⁉
記事の隣には、「今日は4月1日」と見出しが取られ、この記事がエイプリルフールの「ネタ記事」であることを暗に示していたが、妙なクオリティの高さに信じてしまった人が続出。一般読者どころか、記事を信じて母国向けに報じた外国メディアもいたという。翌日の朝日新聞には、次のような“反省文”が掲載されていた。
この記事については、本当のニュースとして流してしまった外国メディアがあったほか、朝日新聞社にも感想や問い合わせが殺到。読者からは「さりげなく風刺的でいい」「ユーモア大歓迎。大いに笑いました」などの声だけでなく、「ふざけ過ぎ」「ほかの記事まで信用できなくなる」との厳しいおしかりも寄せられた。
記事を執筆した梶本記者も“平謝り”だった。
一年に一回くらいこんなユーモア記事があっても良いと思って、政界の人材難をちょっと皮肉ってみました。でも、信じて下さった読者の皆さんには、ごめんなさい。どうもお騒がせいたしました。
嘘記事を報じられた格好となった小渕首相はというと、翌日の朝日新聞によると国会内で記者団に「今日は4月1日だろ」と述べ、エイプリルフールの冗談として軽く受け流したという。さらに、「(外国人を起用するなら)もっと若い人にお願いしたいな」とジョークで返すなど余裕綽々だった。
今、朝日新聞のような大新聞が同じような「ジョーク記事」を掲載したらどうだろうか。いくらエイプリルフールとは言え、SNSでは間違いなく炎上するだろう。クレームを入れてくる政治家がいないとは言い切れない。人手不足が伝えられて久しい新聞社も、わざわざ貴重なリソースを割いて、手の込んだ「ジョーク記事」を作るだろうか。1999年は「平成不況」の真っただ中にあったが、政治家も新聞社も社会も、今と比べると随分と余裕がある時代だったのかもしれない。