【編集部より】一昔前ほどではないにせよ、日本の社会では、リアルに「国防」を語ろうとすると「右翼扱い」をされたりして、冷静に実のある議論もできず、結果として有事への備えが進まない状況が続いています。しかし時代は昭和、平成、そして令和へと経て、中国の軍事的台頭は、日本が頼みとするアメリカを脅かすまでになる一方、安全保障環境の激変に私たちのマインドリセットが追いつけていません。
右でも左でもなく、冷静に眼前のリアルに向き合っていくにはどうするべきか。サキシルでもおなじみ、戦略学者の奥山真司さんと、気鋭の国際法・防衛法政研究者、軍事ライター、稲葉義泰さんが「学校では教えてくれない」国防論を語り尽くします。司会は、自衛隊員の父を持つライターの梶原麻衣子さん。
「自衛隊」を授業で学んだか
――奥山さんは戦略学者、稲葉さんは国際法研究の大学院生であり軍事ライターというそれぞれの立場から、国際情勢や自衛隊について発信されています。「台湾有事が近い」と言われる現在ですが、どうも厳しい国際情勢や自衛隊の置かれている立場に対する一般的な理解が浸透していないように思います。
【稲葉】同感です。僕は1995年生まれで、2011年に高校に入学しましたが、阪神淡路大震災、東日本大震災と、どちらも自衛隊の災害派遣での活躍がクローズアップされた年に当たります。学校でも「公民」「現代社会」の授業で自衛隊について触れていました。
――私は1980年生まれで父は自衛官ですが、小学校の担任から「あなたのお父さんの職業は世間で嫌われている」と言われたことはあっても、授業で教わった記憶はありません。そこは変わったんですね。
【稲葉】ただそれはあくまでも基地問題を取り上げる文脈だった記憶があります。修学旅行も沖縄でしたから、沖縄戦や沖縄の米軍基地については学びましたが、日米同盟などについて触れることはありませんでした。「軍事」というとらえ方ではなく、あくまでも「行政」とか「住民問題」という切り口です。
9割以上が「自衛隊にいい印象」、だが……
――自衛隊に対する世論は災害派遣によって変わり、特に2011年の東日本大震災以来、自衛隊の信頼度は格段に上がったと言われます。
【奥山】内閣府が定期的に行っている自衛隊に対する世論調査によると、「自衛隊にいい印象を持っている」と答えた人は、2012年には実に91.7%に達しました。でも面白いことに、この回答の割合が一番低い1972年でも、58.9%と過半数を超えているんです。
――それは意外ですね。
【奥山】この年は「悪い印象を持っている」と答えた割合も24.3%と最も高かったのですが、この年以外は20%以下がほとんどで、近年は一けたにとどまっています。おそらく70年代初頭は、浅間山荘事件や雫石の全日空機衝突事故があって、印象が悪くなったんでしょう。
【稲葉】ベトナム戦争の戦況悪化もあったかもしれないですね。
【奥山】確かに、国際的な反戦運動が展開されていましたからね。
――すると、メディアで自衛隊が批判されたり、反対派がシュプレヒコールを基地前で挙げているような「反自衛隊的」印象はかなりフレームアップされたもので、「反自衛隊派が多数」という時期は戦後一度もなかったということですね。とはいえ、一方で自衛隊の信頼度上昇の理由が「災害派遣」でいいのか、という点はあります。
【奥山】同じ調査で「自衛隊の防衛力は増強した方がいいか否か」を聞いていますが、「今のままでいい」が一貫して6割程度。そして「自衛隊の存在理由は何か」という質問に対しても、第一に挙げられるのが「災害派遣」で「国の安全の確保」を上回っています。
「本来任務」と世間の期待の乖離
――少し前の話ですが、2000年代最初の頃に自衛官の募集担当者が、「自衛隊入隊を希望する若者たちのほとんどが、志望理由として災害派遣かPKOを挙げる。国土防衛という本来任務を挙げる人がいない」と嘆いていました。また、親が子供に「警察官は刺されるかもしれない。危ないから自衛隊にしておきなさい」と言った、というギャグのような話もあります。
【稲葉】今もそういう傾向はあるようです。「災害派遣で困っている人を助けたい」という気持ちで入ってくる人が多いので、一度災害派遣の現場を経験するとそれで満足して、退官してしまう人もいる、という話を聞いたことがあります。
【奥山】自衛隊側にとっても、もどかしい部分のようです。私も自衛隊の幹部の方々と付き合いがあるのですが、彼らと話していると問題意識として、「本来任務」は日本という国家の防衛であるとわかっているはずなのに、国民からは災害派遣やPKOでの活動を求められる葛藤を感じます。
――自衛隊側も、国民の理解を得るために災害派遣やPKOをアピールしていた面もありますよね。また、これは政治やメディアの責任でもあると思いますが、冷戦後、具体的な脅威を指摘せずにいた間に、中国の脅威が一気に増してしまった。
戦前で止まったままの「軍隊」認識
【奥山】「軍隊の存在する意義」を教えるのはなかなか難しいですよね。学校の授業や何かで国防に触れたくない、という気持ちは、ちょっとわかります。
【稲葉】ただ、それによって「戦争」のイメージが第二次世界大戦、アジア太平洋戦争で終わってしまっているというところもありますね。
――2021年末に元嵐の櫻井翔さんが、真珠湾攻撃時に機雷投下の任に当たっていた旧日本兵の男性に「アメリカ兵を殺してしまったという認識は?」と聞いて、騒ぎになっていました。
【奥山】あぁ、ありましたね。
【稲葉】軍人や軍隊というのは殺人、つまり「個人を殺す」行為をしているわけではなくて、相手の戦力を減殺するためにやっている。戦力の一環としての人の殺傷です。そういう議論も全くできておらず、非常に感情的な話にしてしまいがちです。
本来、階層がある話なんですよね。国家としての目的を果たすための手段として現場に降りてくるときに、「仲間を守る」「国を守る」という意思に変換される。もちろん結果として人命を損なうことはありますから、国民の側の疑問として「やったら相手が死んじゃうのに、それでもやるのか」というのはあって当然だと思います。しかしそれを当事者に聞いてしまうというのは、ちょっとどうなのかな、と。
【奥山】僕は、旧日本軍のエースパイロットだった坂井三郎さんにお話を聞いたことがあります。ちょうど「天皇の戦争責任」発言で右翼から攻撃を受けていたので「大丈夫ですか?」と聞いたら「大丈夫、俺は昭和の殺人マシーンだからな、ワハハハ」とおっしゃっていたのを強烈に覚えています (笑)。
ドイツは「殉死者」をどう扱ったか
――さすが伝説の人物(笑)。ただ、やはり心配なのはこれだけ「災害派遣」がクローズアップされると、いざ有事の際に「災害の時に助けてくれた自衛隊のお兄ちゃん、お姉ちゃんが人を殺すなんて」式に、国民の信頼が一気にひっくり返るのではないかという点です。私は身内に現役自衛官がいるので、この懸念は切実です。
【奥山】僕もそれは気になって、一度ドイツの事例を調べたことがあります。ドイツ軍はNATOの枠組みでジョージア(グルジア)に派遣されていました。そこで2001年に戦後初めて、海外での軍事行動下におけるドイツ軍の死者が出ています。当時のシュレーダー政権は戦死とは認めないような微妙な対応をしてしまったのですが、その後も死者が出るにつれて、だんだんと冷静になって収まっていったんですね。意外でしたが、これは一つの希望ではありました。
もちろん死者が出ないほうがいいに越したことはありませんが、仮にそういう事態を迎えても、日本の政治やメディアも「大人の対応」ができるのではないかと。自衛隊が海外に出ている以上、亡くなることはあり得るし、今までも「迫撃砲が落ちてきたけれど助かった」というきわどい事例はありましたからね。