2022年1月4日、ソニーは「ソニーモビリティ株式会社」を同年春に設立すると宣言。同時に、これまで「あくまでも技術開発のテストベンチでビジネスに参入するわけではない」としてきたセダンの試作車両「VISION-S」に加え、SUVタイプの「VISION-S 02」試作車両を公開した。
そこで! 今回はこのVISION-Sについて調査し、ソニーの発表内容とともに解説した。 国産車メーカーにどんな影響を与えるクルマなのか!?
文/福田俊之
写真/AdobeStock、ソニー
■「戦後最大のベンチャー企業」は再び挑戦する
「EV戦国時代」とも呼ばれるなかで、再び 「ゲームチェンジャー」となれるのか!? 新年早々に、米国ラスベガスで行われた世界最大級のテクノロジー見本市「CES2022」のソニーグループのブースに出現したのは次世代モビリティの「カタチ」を提案する試作車「VISION-S 02」だった。
2年前の2020年にもソニーは同種の試作車を出品していたが、その時は「完成車ビジネスに参入するわけではない」と言い切っていた。今回は違う。EVの企画から販売までを手がける新会社「ソニーモビリティ」を今春に設立し、ソニーブランドの市販車の展開を検討するという。
ソニーは時価総額でトヨタ自動車に次ぐ日本有数の大企業だが、創立は戦後間もなくで1990年代あたりまではホンダとともに「戦後最大のベンチャー企業」などと言われていた。
単に戦後生まれの企業だったからではなく、革新的な製品で世界のトレンドに大きなインパクトを与えてきたゲームチェンジャーだったからだ。
■ソニーとはどんな会社だったか
古くは1980年代、乾電池で動く小型軽量のポータブルカセットプレーヤー「ウォークマン」で音楽を路上に引き出し、世界のポップカルチャーに多大な影響を与えた。
そして1990年代は家庭用ゲーム機「プレイステーション」である。当時、このジャンルは任天堂の「スーパーファミコン」が鉄壁の強さを誇っていたが、プレステはその任天堂の寡占に風穴を開け、ソニーをゲーミングプラットフォーマーへと押し上げた。
もっとも、ソニーも最初からゲーム機本体を開発して任天堂と真っ向勝負するつもりだったわけではなく、ファミコンに接続するためのCD-ROMドライブを任天堂と共同開発したことがきっかけだった。ところが、任天堂は途中で方針を転換し、オランダの他社との共同開発を発表したことでそのプロジェクト自体が消滅してしまった。
ふつうならそこで諦めてもおかしくなかったのだが、プレステの生みの親として知られる技術者の久夛良木健氏、そして東京芸術大学声楽科出身という異色の経歴を持ち、コンテンツを含めたマルチメディアビジネスへの野望を抱いた当時の大賀典雄社長の肝煎りでソニー独自のゲーム機開発に着手。
CD-ROM方式の採用でゲームソフトの低価格化と、当時としてはハイパワーなグラフィック表示機能やオーディオ再生機能などソニーらしい技術を盛り込んだことからも、驚異的な強さでスーパーファミコンを一気に撃破した。
プレステは今日、第5世代のプレイステーション5に進化。その過程でより高度なゲーミング機能を実現させるための研究開発を続けたことでパソコンなどに不可欠な部品のCPU、グラフィックチップ、通信など多くの基盤技術のレベルを進化させた。
ゲーム機ビジネス自体は決して成功ばかりではなかったが、これらの基盤技術は自動運転やコネクティビティ、車内エンターテインメントなど、次世代のクルマ作りのコアテクノロジーそのものである。
■「VISION-S」はどんなクルマ?
今回、ソニーが初披露した「VISION-S 02」は、2020年に公開した「VISION-S」がセダン型だったのに対して、02は世界的な人気のクロスオーバーSUV。車体寸法は巨大で前後輪のセンター間距離のホイールベースは3030mmと、メルセデスベンツGLEクラスやBMW X5より長い。パワートレーンは言うまでもなく電動で出力はきわめてハイパワーだ。
車内は最新鋭のハイテクカーが古色蒼然と映るほどの先進性。前席はダッシュボードの両端まで液晶ディスプレイで埋め尽くされ、後席にも左右1個ずつディスプレイを装備。シートと車体の両方にスピーカーが設置され、配信された映像や音楽コンテンツを360度サラウンドで楽しめることを売りにしている。
また、クルマとは別の場所にあるプレステを通信技術でつなぎ、車内でゲームをプレイすることも可能という。
先進的なのはエンタメの部分だけではない。ソニーの画像センシング技術をフル活用しての顔認証、ドライバー、パセンジャーの状態の検出、クルマの操作のジェスチャーコマンド化など、クルマと人間の関係を進化させる試みが盛り込まれる。5G通信を介したコネクティビティ機能も実装され、クルマのソフトウェアバージョンアップはオンラインで行われるという。
さらに、ソニーが重要視しているのは自動運転だ。レーザースキャナーやレーダー、カメラなどのセンサー数は実に40個で、クルマの走行状況や周囲の状況をドライバーにしっかり伝え、クルマとの一体感を高めるインターフェースが実装される。
このように「SONYカー」はモビリティの未来像を盛れるだけ盛ったクルマに思える。同社の吉田憲一郎社長兼CEO(最高経営責任者)は会場で「クルマの価値を『移動』から『エンタメ』に変えて、モビリティの再定義を行う」と宣言。移動の概念そのものを革新的なものにすることを示唆した。
■意欲だけでは売らないソニー
すさまじい意欲だが、果たしてソニーはこの先、クルマの世界で再びゲームチェンジャーとなれるのだろうか。
今後、ソニーがどういうビジネスを展開するのかは計り知れないが、ヒントはある。それは吉田社長の経営思想だ。東京大学経済学部を卒業後、1982年に新卒でソニーに入社。社内では主に企業の財布をコントロールする財務畑を歩む。経営危機を乗り越えた2018年に社長に就任する前のポストもCFO(最高財務責任者)だった。
吉田氏をよく知る元ソニー幹部は「とにかく利益に強いこだわりを持つ人で、儲けを度外視したことには手は出さない」と語る。
一方、自動車産業は薄利多売の世界。原価低減がお家芸のトヨタにしても営業利益率は10%前後。ホンダや日産などは5%以下であり、自動車産業においては売上の1割強も利益が出るのは立派なスコアだが、実はゲーム、エンターテインメントなどの業界では利益率1割はお話にならない低さだ。
アップルやグーグルなどプラットフォーマーと言われる巨大IT企業の利益率はおおむね3割。国内でもソニーのライバルである任天堂の利益率も30%を超えている。
■「ゲームチェンジャー」のその中身
ソニーは稼ぎ頭の金融や映画、ネット事業のほか、製造業という側面も持っているため、利益率はトヨタより少し高い程度にとどまる。利益にこだわる吉田社長が重厚長大、薄利多売の自動車産業型、あるいは生産性の高いICT(情報通信技術)、プラットフォーマー型のどちらを志向するかといえば、後者である可能性が圧倒的に高い。
それを前提にソニーの自動車ビジネスのスタイルを予想すると、利益の薄いEVのハードウェアについては自社で手がけず試作車で協業したオーストリアの自動車開発・生産受託企業、マグナシュタイヤーなどに委ね、自動運転システム、コネクティビティ、車内エンタメ、コミュニケーションツールといった高利益率を期待できる分野をソニー独自技術で仕上げるという、いわゆるファブレススタイルを取るものと考えられる。
超高性能なハードウェアと「モビリティを再定義する」という吉田社長の言葉に足るICT、エンタメデバイスの組み合わせのクルマとは、今日先進的なクルマの代表格となっている米EV専業メーカーのテスラの上位クラスであるモデルSやモデルXと同等かそれ以上で、価格も1000万円以上の高級車並みに設定、販売台数もかぎられたものになるだろう。
ソニーにとって、その市販車はコンピューターに例えれば、最高スペックのCPUや超高速のグラフィックチップを持ち、4Kディスプレイを装備したハイエンド機。その新車販売もビジネスにはするだろうが、同時に「ソニーのデバイスを使えば今までにない付加価値の高いクルマに変身する」などという広告塔の役割も担うだろう。予算に応じてそれらのデバイスを自動車メーカーにも外販すれば、まさにクルマのプラットフォーマーである。
それが実現すれば、ソニーはまさしく自動車業界のゲームチェンジャーになれる。既存の自動車メーカーにとっては間違いなく脅威となるが、その戦略が上手くいくかどうかは吉田社長の「モビリティの再定義」の中身に尽きる。
■国産クルマメーカーに与える刺激はあるか
仮にもソニーが自動運転でヒマになったぶん、退屈な移動の時間を車内エンタメで楽しもうとする程度のレベルしか考えていないなら、移動することがなぜ喜びをもたらすのかという理由が解明できていないことであり、せいぜいゲームや映画を鑑賞できるクルマという程度のものになるだろう。
が、もしソニーのクルマに乗って「今までこんな楽しい移動は体験したことがない」「せっかくドライブするならソニーのクルマにしたい」と思わせるような移動空間の新たな付加価値をユーザーに提供できる「再定義」ができたなら、ソニーの自動車ビジネスは世界に飛躍できる可能性は大きい。
ただ、この先自動運転などの技術が進化しても「クルマは人の命を乗せて公道を走る商品」であることには変わらないだろう。遊園地のゴーカートならともかく、安全確保を最優先に開発に取り組む既存の自動車メーカーにどこまで太刀打ちできるのかは未知数。
それにしても異業種であるソニーの次世代モビリティへの宣戦布告は、脱炭素社会に向けてクルマとは縁遠い若者などにも関心を呼ぶような話題づくりとともに、「EVに後ろ向き」と評されてきた国内メーカーにとっても「負けてたまるか」と奮起を促す意味合いからも大きな刺激を与えていることだけは間違いない。
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