アメリカのEVメーカー、テスラの時価総額がアメリカ現地時間2021年10月25日に、1兆ドル(1ドル113円換算で113兆円)の大台を超えた。この数字が、自動車業界に対して、また社会全体に対して、いったい何を意味するのか? 米国での事情をよく知る筆者が分析する。
文/桃田健史、写真/ベストカー編集部ほか
【画像ギャラリー】テスラ時価総額爆上げの背景とは? 販売予定も含めた6車種とともにギャラリーでチェック(7枚)画像ギャラリー■ITジャイアンツに新たに加わったテスラだが……
今や巨大企業となったテスラが、日本では10年後にメルセデスベンツ、BMW、フォルクスワーゲンなどの定番輸入車を大きく引き離し、トヨタ、ホンダ、日産と肩を並べる、またはそれ以上に日本での販売を増やして、日本中がテスラだらけになるという時代がやってくるのだろうか?
2021年11月上旬時点で、アメリカの1兆ドル超え企業はアップル、アルファベット(グーグルの親会社)、アマゾン、マイクロソフト、そしてテスラの5社で、1兆ドルをやや下回るところにフェイスブック(すでに社名をメタに改名したことを発表ずみ)がある。
一般的には、彼らは「ITジャイアンツ」と呼ばれ、各社の頭文字を取ってGAFA(ガーファ)やGAFAM(ガファム)と呼ばれてきたが、ここにテスラが加わった。
だが、多くの人はテスラがこうしたITジャイアンツと同列化されることを、不思議に思うのではないだろうか? 表現を少し変えると、違和感すら覚えているのではないだろうか?
■モデルラインナップは4モデルだけなのに、時価総額はトヨタの3倍
なぜならば、GAFAMは中国など一部を除いた世界の国や地域で、所得階層にさほど影響を受けず、多くの人たちが日常的に使うサービスや小型ハードウェアを提供している企業であるのに対して、テスラはいわゆる富裕層、またはそこまでの資産がないにしてもある程度お金に余裕がある人たちが中心に購入している趣味性の高い高価なハードウェアに過ぎないからだ。
また、自動車産業での観点でも、テスラの時価総額1兆ドルは不思議だ。
なぜならば、テスラに次いで自動車産業界で時価総額が高い企業はトヨタだが、その額は約33兆円とテスラの1/3程度に留まっているのに対し、トヨタの販売総数は約1000万台規模で、テスラの今期で予想される約100万台とは10倍近い開きがあるからだ。
ホンダ(時価総額6.2兆円)や日産(同2.5兆円)と比べても、時価総額でテスラとは大差がある。
また、モデルラインナップだけで見ると、テスラはモデルS、X、3、Yというたった4モデルしかない小規模メーカーと感じる。日系メーカーのなかではスバルのモデルラインナップ数が少ないが、時価総額で1.7兆円と堅調であるとはいえ、テスラとの差はあまりにも大きい。
■ESG投資という史上空前のマジック
こうしたテスラ時価総額の急上昇の背景には、大きくふたつの要因があると思う。
ひとつは、モデル3とYの急激な販売数の増加と製造拠点の整備だ。モデルSの量産化が始まった2010年代前半から半ばには、テスラとして受注と供給とのバランスがうまく取れず、部品調達や最終組み立てが当初予定より大幅に遅れたものの、納期は徐々に安定していった。
それが2016年のモデル3発表により、事態は急変した。モデル3は、モデルSの単なるダウンサイジングモデルではなく、インテリアのレイアウトに見られるように、「これまでのクルマとは違う移動体」とか「大きなスマホ」という商品イメージが世界中の幅広い層から支持を得た。
数十万台のバックオーダーという、自動車産業界の常識を超越する人気沸騰となり、モデル3に次いで2019年登場のモデルYの受注も増えている状況だ。
こうしてテスラは、4年ほど前までは年産10万台に満たなかった事業規模が、一気に100万台越えが見えてきている状況だ。
増産に伴い、米ニューヨーク州での電動関連部品工場に加えて、中国上海、独ベルリン、米テキサスと生産拠点の拡充が進んでおり、年産で数百万台規模への階段を着実に登っているといえる。
テスラの時価総額が急上昇した理由のふたつ目は、世界的なESG投資ブームだ。ESG投資とは、従来の財務情報だけではなく、エンバイロンメント(環境)、ソーシャル(社会)、ガバナンス(企業統治)を加味した投資を指す。
これまでも、企業ではCSR(コーポレイト・ソーシャル・レスポンスビリティ:企業の社会的責任)やIR(インベスター・リレーションズ:投資家向け広報)といった観点で、環境、社会、ガバナンスには対応してきたため、自動車産業界には経営層などの一部を除いて、ESG投資の重要性をまだ深く認識していない人が大勢いるのが実状だ。
■日系メーカーはESG投資をどう世の中に広めていくか模索
カーボンニュートラルや、SDGs(持続可能な成長目標)といった、最近よく耳にする言葉とESG投資は表裏一体だ。少々大げさに聞こえるかもしれないが、ESG投資は自動車メーカーの経営を180度転換するのに匹敵するほど、強烈なインパクトがある。
そのため、日系メーカーでいえば、昨年秋に行った、昨年度の第3四半期決算から決算報告でほぼ全社がその手法を大きく変えており、各社とも「ESG投資への対応をどうやって世の中に伝えるべきか?」を悩みながら前進している状況だ。
このESG投資という自動車メーカーの経営における大転換こそ、テスラの時価総額をこれまでの自動車産業界の常識と乖離したレベルまで一気に押し上げた最大の要因である。
■さらに予想を超越する市場環境になる可能性は?
では、2021年11月上旬の10年先、2030年代前半の日本の町中を走るクルマ全体での、テスラ占有率はどの程度になるのか?
その数値予測は難しいが、現時点での自動車産業界のさまざまな変化や、各メーカーが発表ずみの中長期事業計画を見れば、テスラが今のようにEVで独り勝ちという時代にはなっていないと予想する人が少なくないはずだ。
そうとはいえ、いわゆる先行者利益として、「先進的なEVならテスラ」というブランドイメージを有効に使うことで、テスラという世界観が日本のユーザーの間で確実に広まっていけば、日系メーカーの予想をはるかに超えるようなテスラのシェア獲得もあり得るかもしれない。
いずれにしても、2030年代以降の社会では、EVは単なるガソリン車やディーゼル車の置き換えという発想や、EVのみならず大量生産大量消費という発想はなくなると思うし、そうなるべきだと思う。EVの本格普及とは、社会そのものが大きく変わることを意味するのだから。
そのなかで、テスラという企業がどう変化していくのか? これから先、10年の社会変化をじっくりと見守っていきたい。
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